【 注 意 】
・タナッセ愛情Bで篭り中の主人公
・タナッセ登場せず
ささめきごと
暇なので日記でも書こう。
と思ったけれど、部屋から出ず刺激の少ない環境下での内容なんてたかが知れているので、気の向いた時に気の向いたことを、という大雑把な方針で行くことにする。
たとえば今。
女を、女性を選んだ話とか。
タナッセが男性だから、当初決めていた通りの性別では被ってしまう。男を選ぼうとしていた理由が消えてしまった以上、固執する理由もなくて、どのみちあやふやだった性選択だ。不満はなく、どころか満足感みたいなものが胸に満ちている。安心、にも近い感覚。タナッセが抱き上げてくれた時にも味わった、身体の力みが和らぐ心地。
ほとんど護衛の、モルだったか、巨体の彼と一緒だからひょろひょろの印象だったのに、地下湖で岩場に背を押し付けられたり、あたたかな手でこちらの手を包んできたり、横抱きしたり、そんなのされると改めて実感する。
……って駄目だ。まずい。なんだこれ。惚気じゃないか。こういう話に流れるはずじゃなかったんだけど、おかしい。
おかしいし、今日の話、おしまい。
*
一昨日の私は、控えめに言ってもちょっと莫迦だと思う。
二の轍は踏みたくないから、そう、えぇと、今日読んだ詩歌の本の話でも。最近人気の作者らしく、ずっと気になっていた。図書室は借り待ちの人も多かったが、ちょうど返却されたことと篭りに入る事情が考慮されて、優先的に手元にやってきたのだ。
変にごてごてしてない装丁も。きらきらしてる癖にどこかかたい調子。技巧を重ねながらも言いたい部分が明瞭な辺り。私好みといえる。先程ローニカから渡されたばかりだから数篇の詩を目にしただけだけど、だからこうして書き記してしまう。
貴族の誰か、という噂もある。というか貴族だろう。裕福な層の中でもとっときの上層部分じゃないと、いくら薄いとはいえこんな速さで二冊も書き下ろせないはず。
作者の名前、ディレマトイって、そういえば以前玉座でタナッセが諳んじた詩の作者でもあるっけ。
好かないって態度して、でも暗誦出来て。
そういうひとだっけ? あのひと。
まぁ、ひとまず続きつづき。
*
数日前の私は……あぁもう取り敢えず置いとこう。
ごてごてしてない衣装。整っているはずなのに険のある表情。修辞がどうの礼法がどうの言う割に色々不器用な、だからこそ肝心を誤魔化せない。
まんまじゃないか。
何度考えても、何度読み返してみても。
まんま過ぎる。
次にあった時、タナッセ本人に要確認。十中八九どころか、絶対ぜったいだ。自分には何もないって謙遜にも程がある。
*
今日はとうとうタナッセにおすすめしてもらった書物に手を伸ばした。もったいないからもう少しあとで読み始める気でいたんだけれど、まだ自分で選んだ読むものはたくさんあるんだけれど。
これまでは会って話せなくても、遠目に見たりはしていたから、そういうことなんだろう。
彼に請うて選定してもらった本の種類は様々だ。娯楽性の高いものから、四角四面の歴史書までがある。……中には、タナッセはあんまり好きでなさそうな傾向の書もあるようで、かなり気を使ってくれたのだとすぐに分かった。その、タナッセがあんまり好きでなさそうな傾向、は本当のほんとうに、最後まで取っておこうと思う。
*
噂、なんでも持ってきて欲しいとお願いしていた。タナッセに関する噂は、良いものも悪いものも。案の定、何故まだ城に残っているのかと囁かれているらしかった。
考えて、私は一通の手紙をローニカに託した。分厚いので尻込みもしたが、脚注が丁寧ですらすら読めてしまう、と。簡単な挨拶に加え、選んでくれた本の感想だけしたためた手紙。
ごめん。待っててくれてありがとう。
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夜、サニャに作ってもらったちょうどの大きさの小袋にタナッセからの返事を入れ枕の下に置いて、眠っている。
夢が時に人の願望を映しだすというなら、あるいは、と。
こう、たまにはいい夢を見たいし。
*
教本を読みながら天地盤をした。
教本には一人でも出来るように、各種局面の駒の配置が記されていて、つまり「この追い詰められた状況、どうにかしてみなさい」と読み手に訴えているわけだ。幾つかは手数に制限があったりと、条件付き。
貴族たちと差し合った経験は、まぁそれなりに。接待遊戯だったことも、それなりに。なので、実力が我ながら不明。タナッセと遊んでみたい。
表情が出にくいと言われていた私だけど、あの一件以降のタナッセからは「分かり易いにも限度をだな……いや、まあ、お前はそのままでいいか。いいな。そのままでいろ」という言葉を頂戴した。ちなみに一言一句たがっていないとここに誓える。
天地盤は手の読み合いが占める部分は非常に大きい。私の表情が彼の言う通りになってしまっているなら、負けてしまうかもしれない。
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女性物の衣装を着た姿で、タナッセと遊んだ夢を見た、ような気がする。
もっとはっきり覚えてたら良かったのに。
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手の空いたサニャと一緒に縫い物をした。
主要な刺繍の柄はやっぱり村ごとに違っていて、楽しい。似ているのに違うから、互いにこっちではこう、を話たりして。
寝食もままならない日がある事実を脇に置けば、農作業も針仕事も結構好きだったから、今度また時間があれば、今日は話せなかったような技法の差なんかも訊いてみたい。
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どんな服にするのかと給仕中のサニャに尋ねられたので、考えてみた。
思い出すのは、真っ先に頭に浮かぶのは、母の晴れ着。胸元まできっちり隠して、けど女性らしい赤と白。華やかな刺繍。ふわふわ。ひらひら。
目を伏せると、眼裏には今も鮮やかに彼女の娘じみた笑顔があった。可愛げがないかわいげがないと散々蔑まれてきた私でも、少しぐらいは母の可愛さを分けてもらえるだろうか。
名前の一部を貰うのは、その名にあやかること。似たようなものかもしれない。検討、してみてもいいかも。
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ヴァイルが篭りを終えたらしい。
思わず、えーっ、と口にしてしまった。ひと月半。私、まだ本格的な変化の兆しなし。
ヴァイルは男性を選択したらしいけど、どんな風に変わったんだろう。そして、どこが変わらなかったんだろう。明るくて、村育ちの私でも時々驚くほどやんちゃで、返事が気に入らないとすごく冷たい態度の彼は、どうなったのか。篭りを終えたからって、見た目や声はともかく、中身がいきなり男性っぽくなるんじゃないと知ってるのに、気になる。
私はどう変わる? 同じ印持ちで、女性を選んだ先代陛下に訊いてみれば良かった。子供の頃と姿は大きく変わった方ですか、って。寵愛者は――性格はともかく色んなものに恵まれているという共通項があるし、参考になったかもしれないのに。
どんなに変わったとしても、タナッセが気に入ってくれるなら、別にそれでいいんだけど。というか、そこだけが懸念材料だ、私。
じゃあ他の人を質問ぜめしたってしょうがないや。
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とうとう「タナッセの好きでなさそうな傾向」の本に手を付けた。付けてしまった。
これ読み終わったらタナッセが選んでくれたもの制覇したことになるっていうのに。ちょっとずつちょっとずつ崩してたのに。
もったいない。
でも、すごく面白くてすいすい進んでいく。完璧私の好みの範疇だ、選んでもらった作品。
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あんまり面白かったので寝台に持ち込み読もうとして、でもローニカとサニャに見つかって取り上げられてしまう。
夜は眠って下さい、と唱和されては引き下がるしかない。元々悪いのは完全に私だし。
かたや年の功、かたやお兄ちゃん。人間関係希薄だった私に勝ち目なんてあるはずもなく、こんこんとお叱りを受けた。本当にこんこんと。かたや老人、かたや長子、大変丁寧かつ時間の掛かる諭しつけでした。二人共、妙に生き生きして。
夜は眠るもの。本は明るい場所で読むもの。身体が強かったのはつい先日まで。
*
だいぶ調子が悪くなってきた。
といっても、別に風邪を引いたとかではなく、少しずつすこしずつ変化してきた体が今までより大きな変化に見舞われ始めているらしい。
もうふた月近く、我慢が楽な程度の痛さしかなかったから、急で驚く。
あぁでも痛い。刺される痛み、殴られる痛み、引っ張られる痛み、潰される痛み、色々と混じり合ってる感覚。
少し早めに眠ることにする。
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痛さで本に集中出来ない。
自分の根性のなさに、腹立つ。
私の莫迦、とっておくーなんて考えずに一番最初に読んでしまえば良かったんだ。
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時折越えられず死んでしまう人がいる、というのは耳に入ってきてたけど、うん、確かにこれは凄い。
読んでも書いても縫っても歌っても上手く気が紛れないな。
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珍しいぐらいの症状らしい。ヴァイルも割と重いほうだったらしいけど、突風のようにさっさと抜けていったとか。私、重い上に無闇に長いとか。
なんだそれ。涙出そうなほどありがたいです。
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大変。
辛い。
書いたら少し楽になったかも。
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だいぶ和らいできた。
今のうちに残りを読んで、それでも平気なら感想の手紙を出しておこう。
なんとなく、あれ以来恒例になっている。
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良くなる時も急激というか。
今日、数日落ち着いているようだったら篭り明けでいいでしょうと太鼓判が押された。
タナッセの本も読み終わったし、ディレマトイの謎についても尋ねてみたいし、天地盤で遊んでみたいし、何より彼と会いたいし。早く数日後になって欲しい。眠れば感覚的には早くなるんだろうけど、まさか一日中寝台の上に居るわけにもいかないか。
あの、お説教の時だけ滑らかになる、本当はとんでもなく不器用なひとに会いたい。篭りが長くてまた罪の意識に苛まれていそうだから、その辺りきちんと言い含めないと。大丈夫だったのだから、問題なし。
私はさっき、本の感想に返ってきた手紙入りの小袋を枕の下から引き出して、ようやく文机にしまった。だって、もうすぐ本物に会えるんだから、夢への登場を祈る必要、ないんだ。
最初の話題はどうしよう。結局出せなかった最後の本の感想だろうか。謝られる前に先手打って? きちんと話したあとにゆっくり、ってほうがいいかな。
そもそも来てもらう? 行くべき? どっちだとしても、凄く頬が熱くなってくる。心臓が早鐘を打つ。
あぁもう、最初に言おう。言ってしまおう。身を寄せて、笑って、そうして、大好き、って。それが一番伝えたいことだと思うから。
……恥ずかしい。
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THE・のろけ。
結構長いですよね篭りって。
体動かすのが大好きな人にとっては地獄ではなかろーか。