いわゆるフリーゲームに関する感想や二次創作メインに投稿しています(2023年現在)。取り扱い作品:『冠を持つ神の手』

2013年6月5日水曜日

【かもかてSS】パピリオ・ルピナス

【 注 意 】
・タナッセ愛情B後、主人公母が喋ります
・タナッセ視点三人称、形見の品を手元に





パピリオ・ルピナス



「そうそう、ほうら出来た。こんな大きなもの作るのは初めてなのに、ほとんど一人でやっちゃった。ほんと、一人でなんでも出来ちゃうの。
 ――……でも、君、すごく不満そう」










 まず、土埃の臭い。
 次に、籠った臭い。
 正直それだけでも顰め面を作るには十分な要素だった。タナッセが扉を開けてすぐ足を止めると、だからタナッセはやめた方がいいと言ったのにと、呆れを乗せた困り顔で、上目を向ける彼女は小首を傾げた。斜め後ろに立っていた小柄は自身の細い両腕をタナッセの左腕に絡め、後方へ引っ張った。
「だからと言って、ここにお前一人というのは……」
 言いながら彼は、妻と扉の奥に一度ずつ目を向ける。扉の奥は窓も開けられていないため暗いが、扉同様木製の天井や壁から外の光が細く、しかし幾筋も差し込んでいた。
 ――妻の、腕を引っ張る彼女の、「実家」である。
 彼女は時々、本当に稀にながら、村や母親について言葉を零す。良い境遇でないのは断片でも痛いほど知れた。母親への情や、かつて同時に持っていたらしい複雑な感情も。
「一人にする、というのは……」
 前者は、寵愛者として改めて村を訪れれば手のひら返しの歓待が目に見えており、実際にそうだった。故にタナッセが村長宅の慎ましやかな――無論この村においては最も豪華であり絢爛でもあったわけだが――客室に座して待つ選択を端から頭に浮かべなかった理由は主に後者にある。
「……っ、莫迦な話をしてる場合か。ほらさっさと目的の品を探せ。この様子では何も手を付けられていないようだしな、私を追い返す間に用事は遂げられるだろうよ」
 言いかけた言葉を飲んで、代わりに彼女を促した。
 辺境の村に貴族の鹿車が来るなどまずなく、なのに二人も姿を見せて、しかもどこから広がったのか片方が村出身の「あのこども」であると村人らの注目の的になったタナッセ達である。村長の家から彼女のあばら屋としか呼べない家に来るまでの間も、鹿車の外からは声が聞こえていた。聞き耳を立てられていないとも限らない。彼女以外の誰かに聞かれるのは恥ずかしかったのだ。
 だが、彼女は顔をタナッセの腕に埋め、うれしい、ありがとう、と囁いてきた。反応する前に彼女は早足で暗く明るい室内へ入っていってしまう。
 一瞬の空白から復帰して、彼は安堵と反省が混ざり合った息を深く零す。安堵は、こんな場所で抱き寄せず済んだことに起因し、反省は、感謝されただけでそんな行動を突発的にやらかしかねなかった自身に起因している。
 何故あれはいつもいつも簡単にタナッセになど喜びや感謝を露わにするのか。莫迦なのか。八つ当たり気味な思考とともに彼は、彼女の手によって窓を開け放たれた明るい室内へ莫迦な妻を追った。
 木の床を軋ませるとしゃがんだ彼女が振り向いて微笑む。狭い室内の一番奥、大きな木箱の中身を結構乱暴に漁っていた。覗きこみ、成程と肯く。家具らしい家具もない家の、あらゆるものが詰まっている箱だった。発掘作業にも見紛う箱漁りは底付近で終わりを見せる。彼女が急に手を止め、それを手に取った。
「それが……、か?」
 脆くぼろぼろな箱の中、必要最低限の品物しかない箱の中、それは異質だった。
 同じように木箱であったが、多少の衝撃で壊れそうな風情はなく、むしろ見た目からして頑丈に思える。タナッセの目からすれば別段良い品とは言えない。飾り気は皆無、塗装など以ての外。けれども、部屋数一つの小さなあばら屋の、脆い朽ちかけた木箱の中収まっているにしては、質が段違いと言える。余程大事な品物がしまい込まれていたのだろうことは想像に固くない。
 ん、と肯定した彼女が開けた箱の中には、真紅と真白が詰まっていた。
 正しくは、真紅と真白、二色の布地――折りたたまれた衣装。それが二種類、重なっている。彼女は立ち上がり、上に乗っている方の衣装を広げ、言う。
 母さんの、とっておきの服。せめてこれだけは、と、そう思って。でも、突然だったから。外に出られなかったから。
 タナッセの耳に届くのは、細切れな言葉。目に映るのは、刺繍で飾られた真紅の布で彩られた真白のたっぷりした布地。
「……そうか」
 今回の目的だ。
 彼女の育った村や家を見ておこうなどという話ではなく、彼女が回顧したわけでもなく、ならば何故わざわざ領地に含まれていない、いるわけもない辺境の村にやってきたか、など。
 うん。母さんの形見。わがままを聞いてここまで来させてくれて、タナッセ、本当に、ありがとう。本当に。
 胸に二色の衣装を抱きしめ彼女は瞳を伏せた。
 彼女の母が大事にしていたという、少し幼い型の衣装。出来ることならばそれだけは手元においておきたいと、恐るおそる彼女がタナッセに言い出してきたのは、確かひと月程前のことだったか。
 突然連れて来られたと聞き及んではいたが、まさか着の身着のままとは思ってもみなかった。タナッセは一も二もなく肯いて、万一にでも全て片付けられていないか調べさせて、日程を調整して――今日、ここにいる。そして、目的は果たされた。なのに、瞳を伏せる彼女は喜びでなく何か堪える表情で立ち竦んでいる。
「…………」
 窓が全開されている事実を一旦考えないことにして。
 タナッセは、彼女の身体を軽く抱き寄せて、きつく閉じられたまぶたの両方に唇を落とした。驚きの声とまん丸く見開かれた目がタナッセを見上げたが、すぐに相好を崩す。
 タナッセから色々してもらえて、とても幸せ。
 鳥のさえずりに似た愛らしい響きで笑い、彼女は顔を上げたまま再び目を閉じる。今度の表情はいたずらめいていた。望みは明白。全く、と呟きながらもタナッセは淡紅色の柔らかな唇に自身のそれを重ねて、華奢な身体をもう少しだけ彼に引き寄せた。
 片方の手を彼女の頭に回し舌を絡めてと、もっと深く甘く可愛がりたい欲求を、ここはいつもの邸でないと己に言い聞かせ、堪える。
 ややあって、これ以上は、と離れかけたタナッセに、
「……ぁ」
 思わず、といった体で、吐息のような寂しげな音が彼女の僅かに開いた唇から零れ落ちた。黒の瞳がタナッセを映し出す。瞳は細かく揺れていた。
 結局彼は抗えないまま、もう一度、細心の注意を払って重ねるだけの口づけを行う。触れ合わせるだけの行為は酷くもどかしいものだ。もういっそ、場所もわきまえず、彼女が自身の脚で立てなくなるほど互いの舌を絡め合った方が早いのではないかと考えてしまう程に。
 二度目の己の誘惑もどうにか抑え込み、タナッセは唇だけを離して可能な限り穏やかに言う。
「他に何か、やり残したことはないのか? 持って行きたいものでも構わんぞ。お前の持ち物は衣装か少量の本ぐらいしかないからな、場所など腐るほど余っているだろう。……ほら、その箱に入ってるもう一着も」
 物言いたげな彼女の顔が何事かを口にしかける。変な気でも遣いそうな気配がしたので、彼はもうひと押しした。
「というか箱ごと持ち帰り部屋に置いといても問題ない。他の誰が見るでもないものだしな」
 やはり何がしか言いたげだったが、結局彼女は小首を傾げ、はい、と短い返事を返す。
 ちょっと悩んでいたが、……そう言ってくれるのなら。
「う……」
 無論悩む彼女の背を押すための言葉ではあった。しかし実際に受け容れられてみれば、やけに気恥ずかしく、加えて喜色がタナッセの心を満たした。
 彼女は手早く箱に衣装を詰め直すと、熱い顔を自覚して内心身悶えるタナッセに笑いかけてくる。本当にほんとうに、ありがとう、タナッセみたいな優しい人と一緒になってもらえて幸せ、などと口にしながら。
 全く――全く。
 何故彼女は、いつもいつも、簡単に、大したことでもないのに、タナッセになど喜びや感謝を露わにするのか。莫迦なのか。無垢なのか。
 領主の地位にも慣れた頃に、ようやくの申し出だったのだ。成り立ての時期でも、慣れ始めた折でもなく、タナッセが大抵の執政を実際に経験し、経験を吸収した、先日ようやく。
 抱きしめてしまいたい誘惑をなるべく意識しないように、タナッセは妻より先に家の外に出た。
 空気悪かっただろう、ごめん、と彼女も窓を閉め直すとすぐに室内から表へやってくる。糸からして高価な衣装を纏う姿。かつてこの女性が背後の小汚い小屋に住んでいたなど、誰も思わないだろう立ち姿。けれど、衣装の色は目に優しくもどこか鮮やかな赤で、縁取るレースやフリルは白。つい先刻タナッセが目にした、彼女の母が時折着ていたという衣服を連想させる色味だ。
 だから。
 タナッセは、不釣り合いな光景を目に焼き付ける。
 じっと見つめる彼にきょとんと彼女は問うてくる。私なにか変?とかなんとか。伏し気味の瞳を持つ綺麗な造作の彼女はタナッセ相手だと妙に幼い表情ばかり見せてきて、彼の頬は自然綻んでしまうことが多い。
「いや、何も。ただ……ただ、お前が私の両親をよく見知っているだけなのは、そう、そうだな、偏っていて良くない」
 彼は、全く惰弱な父親似と、昔言われていた。自分でも相似と思い込もうとしていた。しかし彼女が過ごしやすい場所を選定していた際、母親に言われた。我にそっくりだと。
 親子なのだ。
 片親にだけではなく、双方に似ていて当然なのだろう。
 とはいえ、彼女は父親のことをまるで知らない。記憶にないし、断片すら聞いてはいないのだという。
「つまり――お前の母親の話を、今日はたくさんしてもらおうかと、そう考えていた」
 彼女は上目でタナッセの様子を窺っていたが、程なくして満面の笑顔で二つの音を口にした。
 風が吹いた。
 彼女の家の方から、匂いを運んでくる程度の。
 さすが辺境の村とでも言うべきか、どこもあまり良い香りはしないものだったが、家の後ろに樹木が生い茂っているせいだろうか。緑の清涼感だけがタナッセの鼻先をくすぐった。










「ま、苦労しないで出来るんだから、満足感なんてそりゃあないものです。……違うね。母さんのがいい、って顔。
 実は女性になりたいの? ……大人に、なりたいの?
 ――まあ、性別含めて身の振り方はきちんと考えて。大変なの、母さんじゃないもの。……駄目。理由を母さんに、わたしに求めないの。
 あぁ、でもあげないから、母さんのこれは。気に入ってるの。何より古いものだしちょっとね。女の人になったら、改めて作ればいいんです。今以上に針仕事上手くなってそうだから、母さんの出る幕、それ以上になくなっちゃうだろうけど。……だから。私は男性を選ぶ理由にならないの。
 君は多分――女性を選んでもやってけるから。
 だって、ほら、なんでも大概こなせちゃうもの。今でも、大人と比べてすら、十二分なくらいに。どうせどっち選んでも大変じゃない、君は。……わたし? どっちでも変わりません、母さんは。ん……、わたしは、ね。
 とにかく、後悔のないように。後悔なく――――きっと幸せに、ね」










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いつか書こうと考えていたネタなのですが、
そう考えだしてから結構経ってしまいました。
こうして書けて一安心。

主人公母は、髪・目の色及び目の形以外はほぼ主人公似の設定です。
胸サイズは主人公がどう転んでもいいように普通。
(余談、主人公父は髪・目色と目の形のみ主人公似の設定)
いずれも外見に関してのみで、性格・気質はサッパリです。
あ、主人公母は未分化時から超乙女ちっくです。昔は喋りももっと乙女入ってた。