【 注 意 】
・タナッセ愛情B後
・終始モブ視点、あるモブ子(主人公の侍従)から見た二人
空が見守る景色を見よう
――――ある侍従の日記から一部抜粋。
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今日、奥中庭のお手入れをしていたら奥方様が倒れてしまった。
朝から顔色良くなくて心配はしてたんだけど、本当にばったり。
ふんわり膝から崩れるように倒れてしまわれたんで、うわー綺麗なひとってこんな時まで一般人とは違うのかぁ、って感心して出遅れた。……現実逃避にも程がある。反省。
やっぱり手伝ってた護衛さんが運ぼうとしたところに、ちょうど通りかかったのか、旦那様がやってきてさっさと抱き上げて医務室向かってしまわれて、更に反省。
けど、あんまりにもいいところにおいでで、なんか絵物語の英雄みたいだ。あれに比べると筋肉も上背も足らないので趣味じゃないけど。
って前同僚に言ったらモルさん目当てかと疑われた。失敬な、無口すぎて対人関係築けない人もごめんだ。
あ、でも、そうだな。
潰れやすい果実持つみたいに優しくやさしく奥方様抱き上げる旦那様は、というかいつでもお二人は、とっても絵になるって思う。あそこだけなんか空気が違うんだから。
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年の初め、ということや他の所用もあってお二方はフィアカントに向かわれた。
って言っても、わたしも付いてったんだけど。
二度目のお城は相変わらず湖の水面の煌めきを映して綺麗だったけど、いつも以上に領主様が……っていうか旦那様がかな、ぴりぴりしてる。理由はもちろん決まってる。奥方様に変な虫が寄ってくるから! ……奥方様も、向けられる好意には全般的に疎いからなぁ、もう。
でも、お二方の認識のちょうど中間が客観的な辺りじゃないかなってわたし、思う。
多分――わたしが旦那様をそう思ってるとかじゃなくって!――「散々あげつらってきたあの王子殿下が」みたいなの、結構あるっぽい。
なんの取り柄もない、寵愛者が親とも思えない、とか囁かれてた人が、いかにも寵愛者然とした人とくっついたら、ねぇ?
心底奥方様に懸想してる感じの方も、やっぱりそれなりに居るけどね。ま、残念でした。奥方様は嫌いな人に好かれるの嫌なんですよーだ。
あ、わたしにも変な虫がついた。
ただし、「一生下っ端なんてごめんだ、庶民出繋がりで紹介求む」みたいな按配だったけど。
忠誠心の欠片もなさそうな奴、木っ端使用人としてだって採ってくれないでしょ。きらきらした人や場所を支えるんだから、むしろ自分は率先して汚れるくらいの気概なきゃ。
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舞踏会。煌びやかな響き。
前回の登城の際、わたしはまだ見習い身分だったので大広間の方を向いて想像を逞しくするしかなかった。けど、今回は違う。まだ本調子でない――っていうか、わたしは本調子の彼女を存じない――奥方様付きとして参加出来た、んだけども、……雰囲気味わうとか色気出してる余裕なかった。
タナッセ様との仲は、とか、タナッセ様とはどういった成り行きで、とか。
旦那様の名前が出るたび、奥方様の顔が蕩けちゃって。
作家のカ、カ……なんとかとか、領地経営の話? そんなのしてる時、気の強そうに立っていた眉尻も崖を転げ落ちたように下がるんだ。そうすると綺麗で隙のなかった“奥方様”は、いかにもつつきがいのある年相応のお嬢さんになっちゃう。あぁ、確かに私より年下なんだなって納得の風情になっちゃうんだ。
こういうの見ちゃうと、あぁうん、としみじみ思っちゃうわけだ。全方位優秀で凛とした女性が、よりによって評判悪い元王子に関してだけ柔らかい部分を見せる、なんて。
その顔を本気で自分のものにしたいって人とか、もしくは景品か何かみたいな扱いする人はいるんだろうなって納得した。そこに次代の寵愛者の可能性を考えて横取り、なんて夢をまだ見てるお貴族様が入ると……旦那様のちょっと過剰な反応もしょうがないのかもしんない。
田舎者だった癖にと遠巻きにしていたり、お前みたいなのがって厭味と皮肉を暗にぶちまけてくる貴族様なんかは、奥方様もさらっと流せるのに。
旦那様のこと好きすぎですよ奥方様。
……旦那様にも言えることだけど。
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仲悪いんだって!
違う、悪かったんだって!
嘘だ嘘だ嘘だぁ、って思ったのが顔に出てたんだと思う。教えてくれた先輩はちょっと得意げに、
「城から付いてきた人間はみんな知ってるわよ」
って胸を張った。ないのに胸。寄せるものがないって嘆いてたの知ってんですよ、先輩。
ちなみに、こんな感じだったらしい。
・なんにも知らない、王城に来たばっかの奥方様を厭味歓迎
・奥方様も応戦、引っぱたき合ったこともあるらしい
・舞踏会で顔突き合わせると周り巻き込んで盛り上がる、もちろん厭味で
全然つかない。想像付かない。
最後もったいぶって付け加えられた話に、更にびっくり。
籠りに入る少し前、奥方様が生死の境を彷徨ったことがあって、その原因が旦那様らしい、なんて。
どうも正門にいる旦那様が奥方様と連れだってどこか行ったあと誰も目撃者がいなくって、しばらくしたら奥方様の侍従に引き連れられた御典医が大荷物持って部屋に駆け込んでく大騒ぎ、って流れっぽい。
……旦那様付きの侍従が、あの傲岸不遜なのがその日から数日ずっと青い顔してた、とも鼻で笑ってたという。
確かにその、それは、怪しい。ぶっちゃけて言うと、話で知る限り昔の旦那様はやるかもしんない。
でも普段のあの方達見てると有り得ない。
でも、ってあぁ続けて二度……いいやもう、でも、先輩の話は嘘じゃない。他の城からの人達にも話聞いて、情報量に差はあったけど大体んとこ同じこと言ってた。
頭破裂しそう。寝よ寝よ。
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今日も花壇の手入れの手伝い。思い切って訊いちゃおうかと思ったけど、侍従が踏み込む話じゃないんでじっと我慢。旦那様の許容と奥方様の需要で親しくはさせてもらってる。そんだけだ。
ただその、いつもと違う意味で色々目が行った。寵愛者様はとても健康で、満遍なくお勉強が出来て、外見だって整ってる。そうわたしは聞いてた。
奥方様は健康面で不安がある。
初めてお会いした頃よりは随分良くなられたけども、色々無茶するせいであんまり変化感じにくいけども。
元々花壇の手伝いだって奥方様の指示じゃなく、旦那様の指示だ。あれが無理をするようなら止めろ、と言われている。そんなに心配ならそもそも貴人らしくないのやめさせちゃうの、ありじゃない?って思うけど、しない。奥方様が本当に幸せそうに土いじりしてらっしゃるの、知ってるから。
綺麗好きで生まれながらの貴族である旦那様が、ちょっとニッチな奥方様の趣味をたくさん受け止めている。それが償いというなら、分かりやすいったらない。
ただ、なんかしっくりこない。感覚的な話だけども。
あ!
さすがに兎鹿や土豚は飼えないか、とかにこにこお話しされてさすがに肝冷えました奥方様。どうするのか聞いたら可愛く小首傾げて、私が屠殺してなんて。
こういうとこ見ると、本当農民出なんだなって思わされるなあ……。綺麗な貴人さんにしか見えないのに。
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日記だしいっか。
うん、いいことにするけど、わたし正直思ってる。
お城で、舞踏会で、たっくさんきらきらな方々見た。でもでも、わたしの奥方様が一番! 第一印象は間違ってなかった!
今日の奥方様は格好良かった。最高だった。
小さな町への視察の日だったんだけど、擦り寄ってきた小金持ち、又聞きの話でしたり顔のそいつにぴしゃりとやっちゃった。
我が夫はあなたの表現するような者ではありません。
この前日記にも書いた話、半端に持ち出して。旦那様はちょっと言葉に詰まっちゃって。
けど! けど!!
言い返された男、もごもご口ごもって、派手なだけの似合ってない衣装で居心地悪そうだった。たった一言だったのに、微笑む奥方様に気圧されてた。
わたしの仕える奥方様は、綺麗で、かっこいい。
それに、可愛らしい方。
沈んだ顔の旦那様に子供みたいな屈託ない満面の笑顔見せて、何かそっと囁いた。内容は勿論分からない。分かったのは、その後の旦那様の表情が和らいだことだけだ。奥方様の笑顔を見て、優しく笑ったことだけだ。
でも充分だ。
これ以上ない反応だ。
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凄いの見た。見ちゃった、来客があるからってお願いされてた水遣りしてらら……ららってなんだ、たら、お二方が来ちゃって、神妙そうで、隠れて、色々話し出して、うわあ。
えぇと、最初はそんなでもなかった声の大きさは段々こっちにもはっきり届くぐらいになってった。
何故あの流れで怒る、お前自身似合うと口にしていたろうが、と旦那様が言うといよいよ奥方様はしょんぼりした。
だって、と言い募る奥方様を見ていちゃいけないと思いながら動けなかった。これを聞くのはさすがに悪いし重いんだけど……音立てずに動ける気が一切しなかったから、結局最後まで聞く羽目になった。……っていうか居んの? 足音立てずに草っぱら歩ける人間なんて。
衝撃的すぎて多少曖昧なんだけど、とにかく奥方様が言ったのの大意はこんな感じ。
だってタナッセが女性を選んでいたら、私なんて見てもくれなかった。本当に憎らしいだけの相手だった。
拗ねた上目が微動だにしないでじーっと旦那様を見てるのが印象的で。
突然旦那様が奥方様を抱きしめた時なんか、もう、もう、声上げなかった自分凄い。褒めてあげたい。まるで即興劇見てるみたい。お二方とも雰囲気あるもんだから、全くもう客観的に盛り上がりそうだった。旦那様が誰に何を吹き込まれた、とか言ってるのもまた、どこの恋愛ものなんだろうってどきどき堪らない。
……奥方様、もしかして泣きそうだったのかな。
今思い出すと、そんな気もする。
旦那様あんなに奥方様にべた惚れっぽいのに不安って、いや本当に好意に鈍感なんだな。ちょっと旦那様が可哀想かもしんない。あ、私にしては珍しく旦那様寄りの意見。
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今日はわたしの地方特有の柄を奥方様にお教えする日だった。
蛇がのたうち回ったような図版――わたし特製――と口頭説明だけで、まさにそのもの、を縫っていくのがもう本当に凄い。どんな理解力してるんだろ。ここまで来ると嫉妬も出来ない。
その最中、ちょっとだけ、ほんっとうにちょっとだけ、口にしてみた。昨日見ちゃった――ごめんなさいごめんなさい、昨日衝撃過ぎてそこまで至らなかったけど立ち聞きごめんなさい――んで、色々気になって。
奥方様は、本当に旦那様を愛してらっしゃいますね、誰かをそんなに好きになれるなんて凄いです、って。
なのにどうして、なんて続けられやしないんでそこ止まり。
真剣に刺繍の針を進めていた奥方様は膝の上に置いちゃって、こっちまで幸せになれる眼差しで肯いて、こんなことを言った。
そのひとは、誰も私にしてはくれなかったことをしてくれた。
そのひとは、私には出来ないことを当たり前にしてしまえる。
奥方様は言って静かに笑った。だからあのひとの影響ばかりなのが今の私って笑った。
あのひとが私を好きになってくれたのが、だから本当に嬉しいってほっぺた真っ赤にした。
多分、だからなんだって思う。
なんだろ、上手く書けない。感覚的に分かってるけど言葉に出来てない。
多分、奥方様は旦那様が自分のこと好きでいてくれてるのは、よく分かってるんだ。
でも、じゃないな。だから、かな。もしもの可能性が、余計に辛いんじゃないかって思った。
同じくらいの強烈さで別の人を愛する可能性。
それに本気でいじけるくらい、奥方様もべた惚れってこと。
王城に二度しか行ってない私だけど、下世話な噂は山盛り耳に入った。昔旦那様がどう言われてたかも。だってさ、奥方様と結婚して、言われてる噂に大体くっついてくんだから。……奥方様だって、そりゃ耳にしてるよね。
あー、それにしてもお熱いご夫妻だ、なんかあてられる。
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ちゅーは。
禁止です。
何あったか知りませんが。
廊下はいちゃつく場所違います。
空気を読んで静かに気配を消して場を去るのが云々と祖父に言われた経験あるけど、廊下曲がった直後がそうだったら避けようもない。控えの間で気を張って扉の向こうの雰囲気を読むのは、まぁ慣れた。でも出会い頭なんてどうしろと。
……あぁ、お二人が気付かずいてくれて良かった……本当に良かった……。
でも次からは、ご夫妻の寝室とか、お互いの私室とか、奥中庭、もしくは推奨しませんが執務室辺りでお願いしたい。
……うん、だけどやっぱり見てるこっちが観客とか鑑賞者になっちゃうぐらい、絵になる方達だなあ。
大失敗させられちゃっても恥ずかしいと申し訳ないが先に立っちゃって、こんなところで、って本気で怒る気にはなれないっていうか……一線引いちゃってる。
でもだから、きちんと最後までお仕え出来ると思ってる。
したいとも思ってるから。
奥方様が咄嗟の時、わたしに別の人の名前を呼びかけそうになることがあるの、気付いているから。
うん、あの日旦那様に採用して戴けて良かった。奥方様に仕えることが叶って良かった。まさかご本人達に言えるはずもないから、ここに書き記しておく。
わたしが感謝を忘れないように。
起点の一つを忘れはしないよう。
でもやっぱり廊下はちゅーするところじゃないです。
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タイトル元ネタ:『境界線上のホライゾン』OST1の二曲から。
マスター、練乳1パイント。
そういえばモルは密かに狙ってる子がいてもおかしくないと思います。
無口だからいい派と無口のせいで付け入れない派。
でも最終的にはこのモブ子同様婚期は逃す気がしてならない。