いわゆるフリーゲームに関する感想や二次創作メインに投稿しています(2023年現在)。取り扱い作品:『冠を持つ神の手』

2013年10月28日月曜日

【かもかてSS】Boys Don't Cry

【 注 意 】
・タナッセ愛情Bルート
・三人称と一人称、終盤でモブが喋る、涙の要らないハッピーエンドを



Boys Don't Cry



 顔が二つ向き合っている。
 片方の背は高く、男性であり、もう一方の背は低く、まだどちらの性別をも選んではいなかった。
 髪の、目の、肌の、衣服の。
 色味一つ被らない双方の、唯一同じ部分はその顔が浮かべる表情だけだ。
 不意を突かれた驚きのそれ。
「な、何故お前がここに……いや、その服は……」
 背の高い彼は、背の低い彼の全身を何度も見回す。小柄な彼の髪は珍しく下ろされて、代わりに赤の髪飾りが黒色を彩っていた。普段はズボンに包まれている下肢も、女性に分化した者が好んで履くような、丈の長いスカート。
「衣装部屋の連中、ではないな。あいつらならもっと無駄にごてごて盛るはずだ。……しかしその、似合……」
 言いかけてはっと我に返った様子で首を振る。「いや。……いや、なんでもない。失礼した」
 図書室の扉を開けたばかりなのに踵を返そうとする青年に、あ、と一音にも関わらず気落ちが分かる声が投げられる。
 待って。タナッセ、待って。
 続く切実な響きに眉をひそめ、タナッセと呼ばれた彼はいかにも仕方なさそうに向き直った。

          /*

 めでたしめでたし。
 ……めでたし、めでたし。
 ひっくり返しても紙の貼り付きがないか矯めつ眇めつしても、ないものはない。どんな絵物語もそう締められたら先は続かない。その先に山も谷もありそうだけど、ない。
 私は本を閉じる。これが大人向けに編纂した話集なら編者の解説がついたりすることもあるんだろうけれど、正真正銘子供向けの絵物語にそんな現実へ引き戻す装置は付いていなかった。
 いないと思われていた存在が、ある。
 そもそも考えられていなかった存在が、ある。
 物語では往々にしてそういった人物は主人公か、主人公に深く絡んでくる。そして、物語に大きな変革をもたらす。絵物語なら結果は“めでたしめでたし”だ。
 現実の役割は詰まらないものなのに。
 仕事を増やして地味に嫌がられる、くらいの立場でしかない。
 私のことだけれど。
 あぁあとは、
「おや、真剣そうに何を見ているかと思えば、いまだ絵物語を読んでいるとは。教師どもは、さすが寵愛者様、とうそぶいているが、やはり下駄を履かせていたのだな。どうせ読めない部分も理解出来ない部分も山のようにあるのだろう? ほら、言ってみるがいい。辞書などは使い方すら分かるまい」
 気配に上向くより早く声が掛かる。嘲笑を纏う奴は、タナッセは私の手元に陰を作り、座るこちらを見下ろして言ってきた。低い声は図書室という場所を考えてか幾分潜められたものだったが、声量を押さえ込んだ分、含んだ毒は濃度を増して肌身をひりつかせる。
 ……そう、あとは、こうして「もう一人なんて不要である」と直接間接問わず見られるくらいだ。王になると建前で宣言した私に取り入ろうとする人間もあったものの、私的には大差を感じられなかった。
「……しかも恋愛ものとは……めでたいにも程があるな、お前の脳は。覗けたのなら田舎者らしく質素な花畑が広がっているのだろうよ」
 好みはあれど、乱読の傾向が私にはあった。なので明確に勘違いなのだけど、わざわざ否定する必要も覚えなかったから黙って立ち上がる。話をする気分でもなかった。
「返事ぐらいしたらどうだ。貴様の耳は飾りか」
 気分を害した様子で奴は言う。……私に話しかけるときは、自分からそうする癖にいつも不快そうだから、気にしたりなんかしない。する意味がない。
「おい。何か言ったらどうだ」
 ――――。
「……貴様」
 そんなに何か言って欲しいんだろうか。
 ここで「何か」だけで済ませるのもありだったろうけど、苛々が頂点で堪えられなかった。
 好きだったら悪いのか。なら言ってやるが私は大体の本を傾向問わず読む、学ぶことは楽しいと感じているし、王になるにはなんでも満遍なくこなせなければならないのだろう。そもそもお前は一々他人の読む本を見ては口出ししているのか。自分の気にくわない読書傾向なら莫迦にして回っているとでもいうのか。
「どうして、」
 どうして私に逐一突っかかってくるのか。そんなにぽっとでの農民が王の座を目指すのが、目指すだけでも首肯出来ないのか。
 そんなに気に入らないなら無視してくれればいいじゃないかと思うのに、この王子様は私やヴァイルに何かと話しかけてくる。ヴァイルとはまだ真っ当な会話が成り立っている場合もあるようで、でも私とは一切成立しない。かといってこっちが無視を決め込めばこの通り。しつこく言い募ってくる。
 そうして。
 そして、そうして。
 奴は言い淀んでいた。あんなに反応を期待していた癖に、いざ言い返してみれば普段の流れるような厭味はどこへ行ったんだか。いつもみたいに鼻で笑えばいいじゃないか。場にそぐわない田舎者がどうとか、身の丈に合わぬ宣言がどうとか、私の存在が目障りすぎてないもの扱い出来ないほど勘に障る、おぞましい、ぐらい、いっそ言ってしまえばいいじゃないか。
 待って、待って。
 ようやく返ってきたのは、不快と不愉快を煮詰めたような眼差しだった。
「貴様が、今更……!」
 絞り出された言葉の語気は荒い。情けないことに、私は後退して書棚に背をぶつけた。冷たさと熱が同居した視線がしばらく注がれる。
 やがて、今更、の、その先は紡がれないまま、奴は一方的に話を打ち切って部屋を出て行ってしまった。
 あぁ本当に詰まらない。
 ヴァイルに問題がある訳じゃない。些か子供っぽすぎる、我儘すぎる、と言われながらも実際に彼が行っている公務自体に付いた文句なんて聞いたことがない。いや、あるにはある。でも、全部重箱の隅をつつくどころか、ほじって、ほじりすぎて剥げた塗装の粉をほこりだ汚いと騒ぐようなもの。
 私は本当に王を目指す訳じゃない。居ても居なくても構わない、いつ死んだって誰も気にも留めないような飼い殺しは厭だった。まずは存在を知らしめなければならないと、注目を集めるためのはったりに過ぎなかった。
 今更。
 今更発見なんてされて、どうしろって言うんだろう。
 王様はもう要らない。他の仕事場だって、想定もしていなかった人間に枠を一つ掻っ攫われて迷惑なのは明白だった。
 なんで居るんだか。
 やっぱり、手違いで生誕させた“もう一人”が消えるように手配したのに、母さんが庇うから「めでたしめでたし」が遠のいた、とかが妥当なのかもしれない。
 ぼっと突っ立ったままの目の奥で、疼きが生まれた気がしたけれど、その正体を掴むより早く気配は消え去ってしまった。
 あぁもう、不可逆を思っても仕方がない。感傷は容易く自己憐憫にすり替わる。事実タナッセが来る前から、なりかけていた。気分を切り替えるべく私は首を横に一度振り、近くの書棚から分厚い歴史書を引っ張り出した。休憩は取りやめだ。
 物語は物語。
 夢まぼろしの類。

          /*

 どんな言葉を投げつけても、涙を滲ませることなどしない。
 田舎の子供らしく哀れに泣き出せばまだ可愛げもあろうが、環境の違いなどどこ吹く風で表情の薄い顔はやり返してくる。
 戸惑わず、子供の無邪気もなく、何を考えているか分からない子供。
 人の踏み込まれたくない部分にずかずか入り込んでくる子供。
 同じようにしてやっても堪えた試しなどない図太い子供。
 このこどもは、絶対に何かやらかすと思った。
 そのはず、だった。
 件のこどもは岩場に横たわっている。地下湖に突き落とされ、全身ずぶ濡れで、いる。ぐったりとした身体は呼吸で胸が上下しなければ死体じみて気分が悪い。
 だが、何よりタナッセの気分を落ち込ませるのはこどもの頬を伝う涙だった。嗚咽はない。寝言もない。ただ静かに滴はいくつも筋を作り、ようやくこどもの頬が年相応にまろい輪郭を持っているのだと気付いた。
 つい先刻、タナッセはこどもを護衛に溺れさせた。泳ぎの訓練など受けている暇がないこどもは、あの独特の高くも低くもない声で助けを求めてくるだろうと高をくくっての行為だ。当然だ、誰だって命は惜しいのだから、憎らしい相手へでも願うだろう。
 まさかそのまま沈んでいくなど考えもしなかった。
 考えもしないことが、しかし眼前で起こってしまった。
 その上、水を吐き出させ呼吸が正常なのを確認し一息付いたら泣き出したものだから、もうどうしようもない。これではまるでタナッセが非道をはたらいたようではないか。しかも、大の大人がただの子供に対して。これは、こいつは、そんな殊勝は持ち合わせていないはずなのに。
 う、と小さな声が静寂の場に響いた。
 伏せられた瞼が痙攣する。
 こどもが、目覚めようとしている。
 上がった声がひどく甲高いものだったなど、ただ一音故の聞き間違い、空耳のはずだと思いたかった。

          /*

「あら」「まっ!」「いやだ、好きな子でも出来たの寵愛者様」「誰……とは訊かないどいたげる。相手の好みは?」「ほら、見せに行っちゃいなさいって」
 ……見せるつもりなんて毛頭なかったのに、そうやって追い出された。ただ少し女性になるってどういう感じなのか興味が湧いて、だから鏡石の前で女性服を着た自分が観察出来れば良かっただけなのに。
 どうしてこうなったんだろう。
 えぇとその、確かにタナッセが偽りの婚約関係をちらつかせてきた時に「あぁ何かやる」とは思った。それが足を引っ張るでなく印を奪うとか、あまつさえこっちが死にかけるとか、驚いた。……見捨てられなかったことにも、驚いた。
 私、主役級か端役かで言えば後者じゃなかったのか。物語途中で大したことない理由で退場する役割。もし主役級だとしても、真の主役を盛り上げるための比較対象のような役目じゃ。それがなんで、割と色よい反応が返って来ちゃうんだ。来ちゃったんだ。……嬉しい、けど。
 歩くたび、薄い下着に包まれた脚にやっぱり薄い布地が触れる不慣れな感触があって、やけに恥ずかしくてならなくて、でも、すぐ戻ってきても追い返すと睨まれたからには時間を潰さないといけなくて。
 取り敢えず、この格好で最良の時間潰しは読書くらいだろうと、周囲の視線に耐えつつ図書室に向かっている。
 そう、物珍しげな目がずっと向けられていて、余計むずがゆいのだ。ヴァイルが男性になる気でいるというのは周知の事実で、そこに“もう一人”が女性ものを纏っていたら、それは猜疑を産むだろう。
 だろう、けども。
 ――すごく、居心地悪い。
 自然早足になった。
 話しかけられても一言二言で終え、駆け込んだ図書室で薄めの本を一冊読み切るまで粘る。とはいっても、私は読むのがかなり早い方なので、大した時間いた訳じゃない。多分、目当ての人物を捜して、話して……話が盛り上がったらこれぐらいだろうってぐらいのはず。
 もう、さすがにいいか。
 書棚に戻し、部屋を出ようとして――――。

          /*

 タナッセは。
 タナッセは、迷った挙句、結局振り切る薄情を選べなかった。
 先日の儀式の話ではない。今、不安げに見上げてくるこどもを、放っては逃げられなかった。名指しもされてしまったことだ、と改めて向き直れば、淡く染まった頬がじっと上目で彼を窺っている。表情は、以前にこどもの面立ちは幼く、性別をはっきりさせた衣装より年相応の服装の方が子供らしくていいのではないかと、理性は言う。困ったことに、感情は別の言葉を叫ぶのだが。
 明らかな女性服に、着られている感の否めない姿。
 半月以上前なら、いくらでも嘲ることが、貶めることが出来たろうに。
 その不慣れをした原因が何で……誰であるのか、過ぎるほどに理解しており、それよりもまず、そんな愚かなこどもに手を差し伸べたくなってしまうから、黙するしかない。
 こどもは瞳を揺らしながらも、涙の気配なくタナッセを見詰めてくる。
 湖に突き落としたあの日。儀式を敢行したあの日。
 意識なく閉じられた瞳からは、憎悪と嫌悪に占められていたタナッセすら微かな自省を思い巡らせてしまう量の透明なものが次から次に溢れていたくせに。
 どうだろうか。
 こどもが問うてくる。
 どうって、何がだ、と愚問を口にしかけ、やめた。こどもの指はスカートを摘むように握り所在なげでいるのに、冷淡すぎると思った。
「……初めて着たにしては、いい選択、なのではないか」
 馴染まないのは日頃着慣れていないからで、ややもすれば落ちた印象を与える黒の髪や瞳に鮮やかな赤は似合っている。あまり背伸びをせずリボンやフリルを多用した愛らしい見目のものを選んだのも、華やかであるし幼いこどもにもそぐっている。
 可愛らしい。
 率直な感想を口に出来る性格はしていない。
 嬉しい、良かった。
 だというのに、柔い輪郭を染める朱が一段と濃くなる。釣られてタナッセの頬は熱くなり、言葉を迷っていた唇は彼の意思を外れて動いていた。
「茶を……茶でも、一緒にどうだ。その、時間があれば、だが」
 腕さえも勝手に動く。こどもにてのひらを上向け差し伸べ、これでは小さな手指を待ち望んでいるようではないかと喉を鳴らした。
 しかし、引っ込めるより前にこどもの、少し荒れた感触が乗せられてしまう。三つ年下とは思えぬ苦労のしのばれる、それ故か手袋に覆われていることの多いこどもの手。はにかんで、おずおずと、乗る。握る。そのままでいるのはばつが悪いと握り返すと、あ、の音が何度かこどもの唇から零れたあと、呟かれた。
 実は夢だったりしないだろうか。こんな、すごい……。
 頂点達した羞恥から少々強く引っ張ると、妙にふわふわした足取りで文句も言わずにこどもは付いてきた。

          /*

 向き合っていた二人が去ったあと、怪訝の表情がやはり二つばかり向き合っていた。
「……何ですあれ」
「……王子殿下の好きじゃない恋愛小説、の本人劇?」
 文官服の女が二人、声を潜めて語り合う。
「いや、仲悪かったですよ?」
「そこがまたそれっぽい。険悪な仲の二人が何か大きな事件をきっかけに、なんて最たるものだわ」
「お、大きすぎやしません? だって寵愛者様、何日も……えぇー……」
 いかにも得心のいかぬ様子の後輩に、いくらか年嵩の文官は、
「変わった趣味なのよ。大っ体、半年もしないのに入門用とは言え、専門書漁ってく人間なのよ、相手は。村にいた頃は文字なんて読めなかったって嘘でしょ? こっちと一緒にしちゃいけないんだわ」
 と、始めはしたり顔で、最後には自嘲を浮かべ吐き捨てた。
「な、なんかそれも違くないですか? 喋ってみれば案外普通で……」
「いいのよいいの」
 重ねる後輩に、先輩文官はひらひら手を振る。会話を打ち切るようにきっぱり言い切った。
「殿上人に顔突っ込んでも仕方ないわ。わたし達はね、物語でも見てるみたいに気楽に楽しんでればいいのよ。印を持たない常時不機嫌王子殿下は、印を持つ年下の変人未分化と幸せになりました、めでたしめでたし、ってね」
「な、なんだか毒があるんですけど……まぁ、不思議なだけで悪いことじゃないですもんね」
 肩をすくめ、年嵩の彼女は手元の新規蔵書の中身に問題がないか確認する作業に戻る。
 あんなに表情の引き出しがあるなんて思わなかったなあ、あんな顔で笑うこともあるんだあ、と後輩はひとしきりごちると、先輩とは真逆の調子で小さく笑った。
「めでたし、めでたし、か」










*+++*+++*+++*+++*+++*
タイトル元ネタ:リトバスOST同名曲から。
英語でも中性用語は(性差問題で今はだいぶ違いますが)男性形なので。
また、話自体の元ネタは外伝一話終盤。
要素として「コーディネイト」と「嫉妬」も混じっています。

タナッセは「茶」という時と「お茶」と言うときがあるので迷う。