いわゆるフリーゲームに関する感想や二次創作メインに投稿しています(2023年現在)。取り扱い作品:『冠を持つ神の手』

2013年8月24日土曜日

【かもかてSS】毒虫りんご

【 注 意 】
・タナッセ愛情B後
モブ視点三人称&タナッセ視点三人称、見る人違えば

 

毒 虫 り ん ご



 ないわな、と即答した。
 同期の別部署の使用人から、惚れるなよ、と釘を刺されたときのことだった。
 非番の夜、男同士で行われる久々の酒盛りは甚だしく盛り上がる。話の矛先は当然のように領主の奥方にも向いたが、とりわけ彼女を褒めたのが彼で、酒精に酔いながらも極めて真摯な面持ちが忠告に向けられたのだ。
 彼は邸つきの衛士である。側付きではない。故に外見についてのみ好みだなんだと語っていたから、少しばかり酔いが覚めてしまう。
 第一、内面は――好みの逆、だった。
 見た目はいい。というか、今までの恋愛対象の外見は、片恋にしろ両想いにしろ奥方の系列なので、ど真ん中を突かれている。
 だが、中身はいけない。彼は、彼の基準で軽くて楽な女性が好きだった。領主の妻であり寵愛者でもある彼女は、重い上に面倒だ。愛情も能力も立場も思考も重く面倒くさい。領主はよくあの女を娶ったと感心するし、だから領主の側は完全に印目当てと割り切った婚姻かと最初は思ったのに、どうしたことか、純粋な恋愛結婚だという。
「アンタ基準の“軽くて楽”ってなんだよ。気になるとこはたくさんあるけどさ、まずそれなんだよ」
「あー……まず、常時ひっつき虫は勘弁。いちゃつくのは、そりゃ僕もするけどよ、一緒にいるときはほとんどべったりじゃねえか」
 来客があれば別だが、とかく奥方は領主の腕に絡まっているか収まっている。
「欠点らしい欠点がないのもな。強いて言うなら剣技があれなんだっけ? でも手加減付きっても城の衛士押しのけて優勝する力量あるってんだから……寵愛者すげえよ、呆れる」
 能力に大きな穴がない。と思えば、
「二人目の、ってのもどうも。城からの先輩も怪しいのいるから油断すんなよーって」
 これは奥方という人が悪いのではない。しかし、
「こう……なんつーの? どうしてもよ、僕らって貴人さんの話聞こえちまうだろ? あぁいうの聞いてると、なんか性格も面倒そうで」
「その――――それ、間違っても他の連中に言うなよな」
 同期の言葉に彼は深く肯いた。酒の席であり、互いに気が置けない仲であるから口にしたまでだ。……先の忠告で些か酔いは薄らいでしまったけれども。
 なんにしろ、あの、端から見ていてすらややこしい存在と共にあれるのだから、領主もまた、相当な人物だ。
 彼はカップに目一杯酒を注ぎ、飲み干すように呷った。

          /*

 ないな、とタナッセは否定した。
 昼食時より少し前、何かと張り切りはしゃぎ過ぎて体調を崩した妻の元へ、フィアカントの城から戻ってきて早々のことだった。
 もう熱はないのにと寝台で唇尖らせる彼女の身体を、帰還の喜びにねだられるまま抱きしめる。小さな肢体はタナッセに身を預けきって、城の広間で下らない噂話に興じていたノグレイ達の会話を鼻で笑うしかない。
 詰まらない話だ。下らない話でもある。確かに所領は国の直轄領の一部を拝領したものだが、ランテの姓を残さなかったことで明らかなように、政治的意図はまるでない。まして、急な態度の変化はおかしい、すぐに別れるのではないか、など。
 結婚して半年以上経ってもいまだに唇を交わすぐらいしか出来ていないのだ。負担が心配というのは勿論あったが、懸念は「果たして自分などが彼女に手を出していいのか」が大きかった。夫婦であるから自然な行為と承知はしているものの、彼女があどけないまでに無邪気故、さすがに躊躇を覚えてしまい、結局今の今まで来ている。
 射し込んでくる穏やかな陽射しの中、腕の中のあたたかな小柄は、ゆっくりと背や肩を呼吸に動かす。
 あの日。
 別の体勢ながらやはり腕の中にあった真逆の姿は、悪夢の一つとして焼き付き消えない。
 それでも彼女の真っ直ぐさに救われている。心の底からの赦しと許しの言葉に救われている。翳りない愛らしい笑顔が、タナッセの救いだ。
 だから、諦めの悪い連中がざわめいているのが鬱陶しくてならなかった。彼女には秘密にしているが、言わずとも不穏な気配には気付いている様子だ。
「……?」
 彼女が埋めていた顔を彼に向けてくる。小首を傾げ、何か困ったことでもあったのか、ため息が聞こえたけれど、と尋ねてくる。
 耳に届かないよう配慮したつもりだったが、身を寄せ合っているから限度があったものだろう。全く彼女は聡いから困る――常であればそこも美点ではあるが。時折驚くほど鈍いものの、基本として賢く聡い彼女の、柔らかな輪郭をてのひらでなぞり、
「いいや、大したことではないんだがな」
 言って時間を稼ぎ、間違いでなく真実である言葉を伝える。
「こうして帰りを喜ばれるのは嬉しいのだと、改めて思っただけだ」
 腕の中にすっぽり収まる彼女は、更に首を傾け伏し目がちな瞳で上目をやってくる。けぶるような黒の睫毛が美しい。白の肌を染める淡紅色にも目を奪われてしまう。彼女はそんな綺麗で可愛らしい様をタナッセに見せつけながら、ややあってこくりと首を縦に振った。
 存外変わらず口が悪く腹が立つこともままある。だが、やはり色々と愛らしくも大切な存在だ。
 外野は何とでも言え、と彼は首を振り、一緒に昼を摂るかと妻に尋ねた。
 返ってきたのは、ふわりと柔らかな、けれど満面の笑顔だった。










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タイトルの元ネタはなんと、
 ある朝、グレゴール・ザムザが気がかりな夢から目ざめたとき、自分がベッドの上で一匹の巨大な毒虫に変ってしまっているのに気づいた。
(『変身』フランツ・カフカ 原田義人訳/青空文庫)
という、相変わらずの謎の回線。

しかしまあ、タナッセは周りが規格外三人だったので目立たなかったようですが、
奴も随分と凄い人物ですよね。
運動神経に残念漂うものの、それ以外はほぼほぼバランス型でしょうし。

あと本編では色々あって折れてる最中メインなわけですが、
一回覚悟決めると生来の(あるいは環境で培われた)芯の強さが出てくる感。
分かりやすいのはなんだかんだ言いつつ友情築いちゃった友情ルートでしょうか。
タナッセタナッセ-、そいつ印持ちですよー。