いわゆるフリーゲームに関する感想や二次創作メインに投稿しています(2015年現在)。取り扱い作品:『冠を持つ神の手』

2013年5月15日水曜日

【かもかてSS】てのひら幻日環


【 注 意 】
・タナッセ愛情B後
・押したら引いて、引いたら押して、結局最後はかみあって(つまりいつも通り)





てのひら幻日環



「あの、あのう……奥方さま、旦那さまの言いつけですので。それに奥方さまも昨日ようやっと薬湯なし、いつも通りの生活に戻られたわけですから、……ね?」
 寝台に張り付いている私の肩を優しく揺さぶるのは、侍従の中でも一番仲の良い、フォーン色の長髪をうなじ辺りで緩い団子にまとめた女性だ。何度目かしれない呼びかけに、やはり何度目ともしれない生返事をする。
 もう、と呆れ声が届いてからややあって、圧迫感を斜め後ろに覚え振り返ると、寝台で眠る彼の護衛を務めている巨漢がいつの間にやら立っていた。護衛のモルは私を立ち上がらせ、そのまま部屋から追い出した。でも、文句を言うのも抵抗するのもやめておく。相も変わらず無口で無表情だけれど、微かに気遣われている雰囲気を覚えたし、決して力づくの所業ではなかったからだ。彼の動きはまるで駄々っ子を扱うようでありながらも、私が少し暴れれば手を振り払えてしまう程度にしか力が籠っていなかった。
 ……そんなに情けない顔、していたのだろうか。
 確かに心配はしているものの、快方に向かっていると知っている。だからただ少し、少しだけ、側に居たかっただけなんだけど。少しは穏やかになった寝顔を見ていたいだけなんだけど。
 そう、タナッセが調子を崩してしまったのだ。
 数日前の食事会は、私が使用人の間で流行っていた風邪をもらってしまったせいで、タナッセ一人に行ってもらった。一泊して帰ってきて、翌朝、彼はそちらで同じように風邪をもらってしまったらしく、熱を出していた。
 別に質の悪い風邪とかではなかったんだけど、疲れが溜まっていたからか熱が高め。不調な時は誰かにいて欲しいだろうと思ったのに、見越していたのか侍従たちには言われてしまう。
「自分が体調を崩した場合は彼女に感染らないよう部屋は分けろ、なるべく見舞いもさせるな、させる場合は時間を短く区切れ、間違っても近侍の真似事をして忍び込む姿を見逃すな……と、仰せつかっておりますので」
 理解を得ている喜びを感じるべきか、見透かされている自身の分かりやすさを嘆くべきか、今ひとつ反応に困った。私、そんなに分かりやすい? それとも分かりやすくなっちゃった? どっちも正解の気がして、落ち込んだ。
 翌日も私はタナッセの枕元にしゃがみこんで、何をするでもなくいる。飽くまで領主はタナッセでこちらの権限は限られており、仕事の肩代わりなんてほとんど出来やしない。そして、昨日と違って来客は大してない。時間がむやみに余るのだ。
 まぶたの閉じられた顔に息苦しさはもう全くなかった。額に触れてもあぁ熱あるね程度だし、私が部屋に訪れてしばらくは話もした。ただ、疲労も溜まっているようだから治りきるまで仕事は厳禁、と医士に強く言われているので、早い快癒を祈って睡眠は多めなだけ。タナッセは夢に落ちる前、自身に悪態を付いていた。
 昔は皮肉げな表情が多く、刺々しい雰囲気に隠れがちというか、城の誰もが口になんてしなかったけれど、彼は、私の夫は、長めの睫毛や通った鼻梁が綺麗だ。男性な分、比べて多少かっちりしているが、よく見れば母親の繊細さと凛とした強さを受け継いだ、美しい顔立ちをしている。このひとが私に対して綺麗とか可愛いとか、零してしまう時があるなんて、不思議だ。見目への称賛以外にも私が身体の芯から蕩けてしまいそうなことを、それも結構無自覚に言うことの多い唇は、少し乾燥しているようで。
 ……熱があって眠っている人の顔を見て心臓を高鳴らせるのは、大層いただけないと我ながら思う。
 でも、だけど、と。
 反論する自分もいた。
 どうせあと少しで、侍従かモルに部屋から連れだされてしまうのだ。大体、感染るからと帰ってきてからは口づけ一つ――いや、どころか抱きしめ合ってすらいない。私が寝込んだ時はタナッセからどちらもしてくれるくせに、どうして。
「……だから、」
 意識せず言い訳が漏れる。
 だから、触れるだけだから、すぐに離すから、一回だけだから。
 私は寝台の上に割座になって、タナッセの掛布に両手を添えた。僅かに顔を傾ければ長髪が肩を滑って白の寝台に黒の刺繍を描くが、幸い彼の顔に当たったりはしなかった。
 なんだろう。
 やけに気恥ずかしい。
 口づけはいつも当たり前にしていることなのに、妙だ。……口づけは、するし、ねだる。タナッセと触れ合うのは幸せだから、毎日そうしてしまう。私が先に目を覚まし、まだ目を閉じている彼の唇に触れる経験だってあった。
 もっと、その、えぇと、凄い何かをしようとしているなら分かるけれど、本当にどうして。
 柔らかな陽光が降り注ぐ部屋の中、私は完全に固まってしまう。
 無駄な時間を過ごす愚かをやめさせてくれたのは、眠っていたはずのタナッセの唐突な動きだった。気付かないうちに唇間際まで寄っていた私の背に感じ慣れた感触が掛かる。服を着ているとただ細いように見えて、その実日頃の訓練のためにきちんと筋肉の付いたかたい腕が、背に回されたのだ。彼の身に抱き寄せられるが曲げていた足が辛い。身を捩るようにして脚を伸ばし、添い寝ならぬ乗り寝の体勢になる。
 ぎゅうぎゅうと強い力で抱かれながら、私は尋ねる。起きたのかと。だって、無言の動作は彼らしくないし、まだ寝こけている疑惑があった。案の定、しばらく待っても無言が返るだけ。
 だけど好都合かもしれない。この状態は私が引き起こしたのじゃなくて、無意識にしろタナッセの行動によるものなのだと言い訳が立つ上、無理に離そうとすれば彼が起きてしまう可能性もある。
 なら、私のすることは一つだけ。口づけしたいという感情を脇に置いて瞳を閉じる。
 いつもの体温に身を浸せば、心地良い眠気が訪れ全身の力が抜けていく。
 今は日向ぼっこをしている時ぐらいふやけた気持ちになっているけど……万一タナッセが先に起きたらしこたま怒られるんだろうな、これ。思って苦笑するものの、実はそんなことも嬉しかったりするのだ。大抵正しいお説教内容だし、心配の発露だと分かっているから気にならない。
 どちらに転んでいるにしろ、起きた時のお楽しみだ。タナッセの首筋に頬を摺り寄せおやすみと囁く。久しぶりに、本当に久しぶりに、一緒に眠る気がする。一週間にも満たない日数、別々だっただけなのに。

          *

 ふと、柔らかな気配に目が覚める。閉じたまぶたが気づけば開いていて、私の瞳は片肘を着いてこちらを見つめるタナッセの微笑を視界に写していた。
 城にいた時はあまりお目にかかれなかった、負に類する感情の全くない穏やかな笑顔は、この邸においてもうさほど珍しい代物ではない。でも、目にするたびに心臓が跳ねてしまう。そして今は、優しいだけでなく、焦げ付くような色が揺れている気がして、一層胸を高鳴らせた。
 私は、このひとのことが、本当に好き。
 心安らぐ表情につられ。寝起きの緩さも伴い。思ったことを、ほとんどそのまま口にした。不意打ちに過ぎたのか、タナッセは口をあんぐり開ける。……思いもよらなかった角度から話を投げられるのは相も変わらず不得手で、咄嗟の返しがからきし出来ないのだ。よしんば言葉を発せても、私が彼に気持ちを伝えたかつてのように意味のない語句を繋げるしかかなわない。
 そのはず、だったのだけれど。
 急に眉を吊った彼は、
「寝起きのくせによく口が回るな、お前は」
 何故か強い調子で一言だけを告げ、あれ?と疑問する余裕も与えずに横向きだった私の身体を仰向けに転がすと、上に乗っかってきた。唇と唇が重ねられる。
 おかしい。目が覚めたら怒られるか、数日使っている寝室にいるか、の二択じゃないのか。どうして生真面目を擬人化したようなタナッセが、自分の宣言を撤回して私に風邪を感染しかねない真似をしているんだろう。変だ。
 けど、私は彼の身体を押し返したり出来なかった。全然触れ合っていなかったのだ。治ったばかりなのだからとタナッセからも医者からも過度の接触を禁止されて、数日の間一つも。
 彼の長い指は顎を捕えたりしないし、唇はただ重ねられているだけだ。顔を背ければ終わってしまう程頼りない感覚が寂しくて、自分から舌を差し出していた。タナッセの唇へ、呼びかけるよう二、三度舌を触れさせる。
 さすがにそれは、と拒絶される予想もしていたのに、微かな笑みの吐息と共に受け容れられ、いつも通り舌は丹念に絡められたし、口内も隈なくなぞってもらえる。
 一つ、違う点を挙げるなら、呼吸への気遣いが薄いことだろうか。
 普段はすぐに上がってしまう私の息に気を配ってタナッセは定期的に口を開放してくれる。今日は開放の頻度が低く、ちょっと息苦しい。
 優しくされてばかりだから――色々口を酸っぱくして言ってくるのもそれだけ気を配られているという証左だし、でも、そんなタナッセが、時折堪えが効かなくなったような言動を取る時がある。怒られたり、手を挙げられたりはしない。どうしようもない程強く抱きしめられたり、多少手荒に組み敷かれたり、する。この口づけもきっと同じ。
 だから、その、かなり嬉しいなと思ってしまう自分がいる。
 私は、時々我慢なんて無理になってしまうぐらい、感情を上手く御せないぐらい、タナッセが好きで、大好きで、恋していて、愛しているから。その感情の強さと同じものを、タナッセもきっと持ってくれていると感じられるから。卑しい考え方だとは分かっているけれど。
 媚びた声が私の喉の奥で断続的に上がる。恥ずかしい声。胸焼けする甘ったるい変な声。だというのに、タナッセは聞きたいなんて言う、吐息混じりの声。
 肌が撫でられている訳じゃない。抱きしめられている訳じゃない。半ば一方的に舌や歯列をまさぐられているだけだ。
 なのに、泣きたい程に幸せで、気持ちが良かった。
 唇が離された瞬間にでも、もっと深く感じ合いたいとねだってしまいかねない痺れるような甘い感覚が全身に広がっている。他のどこも触れ合っていないから、逆に口内の感覚に意識が行くのかもしれない。
 頭の中がすっかり蕩けきって、何かしてもらわないと最早収まらない熱と湿りが下肢に溜まりきった頃、やっと私の唇は本当に解放された。皮膚も空気の流れにすら過敏に反応してしまう。肩で息を繰り返すと衣装と敏感になった肌が擦れてたまらず、更に溢れるものが足の付根をくすぐり、身をすくめる。
 タナッセはというと、彼も上気した頬でいた。ただし、眉はひそめられ、唇は引き結ばれ、脳内で反省会でも始めている様子だ。
 視線を下方へ移すと……うん、その気はありそうなのだけれども、なんというか、私はともかく彼の方は気分的に駄目そう。押したらなだれ込める感もあったが互いに病み上がりだし、やめておくのが無難にも思う。一度しかしたことないから――すごくしたいんだけど、我慢。
 数度、深呼吸する。思考を投げ捨て溺れたい甘美な欲求を落ち着かせるためだ。
 タナッセとの関係を露わにする前に送られてきた肌が泡立つぐらい美的感覚のない詩の内容を思い出したり、関係を公表したのに踊りの最中わざとらしく転んでこちらに触れようとしてきた貴族の顔を思い浮かべたり、とにかく嫌な人間を記憶から引きずり出しもした。
 女連中も大概だった――と述懐しかけて首を横に振る。そんな時、常に気遣いの言葉をかけてくれ助けてもくれた相手を、今は私が慮る番だ。大丈夫、冷静はだいぶ戻ってきたように思う。
 声をかけようとした瞬間、
「ねねね寝言で人の名前を連呼するな!」
 いちゃもんを付けられた。言いがかり、とかじゃなくて、本当にいちゃもんとしか形容できない。
「あまつさえお前、お前……!! ふ、ふざけるな!」
「――――」
 自分の目が段々細くなっていってる気がする。眠ってる時の記憶なんてあるはずないんだから、ちゃんと言ってくれないと分からない。全く理不尽だ。
 唯一の救い――私にとってもタナッセにとっても――は、彼の頬が真っ赤に染まっていることか。本気で腹を立てているというより、自身の中にある何かを誤魔化すために怒っている感じ。それは多分、私をこうして押し倒している状況に繋がるだろうもの。
 私は不機嫌を唇を尖らせることで主張しつつも言ってみる。
 好きな人のことを寝言で口にすること、好きな人を好きだとやっぱり寝言で言ってしまうことは、怒られたり嫌がられたりしなければならないのか、と。
「それだけならこんな……こんな………」
 最初は勢い込んでいたのに、タナッセはすぐに口ごもり、「いや、お前が悪いわけではないのだが……私が……。…………すまない」
 別に謝ってもらいたい訳じゃないのに。
 ともあれ、原因は大体分かった、というか予想通りだった。タナッセもまだ本調子ではないのだからと追及の手を控え、私は彼の首に両腕を回す。頬を寄せる。大丈夫、と耳元で囁く。色々急で驚いただけだ、と。
 ついでにねだってもみた。
 でも、きちんと治ったあと二度目をしてくれたら、その時本当にゆるしてあげる。
 意地の悪い交換条件なのに、ややあって了承の返事があった。予想外の事態ばかりが起きる日だ。初めて夜を共にして以降は、何かもう意地のようにその種の意図を持っては触れてくれなかったにも関わらず、あっさり受け容れられてしまうなんて。
 すぐにどうこうという話でもないのに心臓が大きな鼓動を打った。頭のてっぺんから手足の指先に至るまでが熱い血流を感じるような、大きなおおきな一打だ。木製の扉を力いっぱい殴りつけたような音に錯覚するぐらいの高鳴りのあとも鼓動は激しく脈打って、勢いタナッセに縋り付く。
 今からとてもどきどきしている、すごくしている、どうしよう、と泣き言が口をついた。彼だって、そんなのどうしたらいいか分からないだろうに。後悔しても、音という形になってしまった以上、なかったことには出来やしない。
 タナッセはくぐもったような声を戸惑うように何度か私の身体に響かせたあと、
「わ、私も緊張している。だからなんだ、……気にするな」
 言ってこちらの背を撫でるように優しく軽く叩いてくる。速度は一定だ。ちょうど、平時の鼓動の速さぐらいで――全身に入っていた余分な力が抜けていくのが分かった。私は短い返事と感謝を伝え、彼の首に回していた腕を離す。
 日は陰り始めていたし今日も寝室は別。これ以上一緒にいては、一人の部屋が余計に寂しくなってしまう。昼寝と口づけと約束、その上宥めてさえもらえて多くの充足を得たのだから、夜も一緒に眠りたいとかの我儘はもう一切なしにしないと。
 けれど、タナッセの方が背に回した腕をほどいてくれない。どころかより強く抱きしめてくる。
 今夜は、と。
 およそ甘さとは程遠い調子で彼は言う。吐き捨てるとか、命令とかと紙一重な言い回しだけど、実はただの照れ隠しだ。
「今夜は――ここで眠れ。お前がいないと広くてかなわんし……もう、今更だろう。使用人には徹底させておいて自身は舌の根も乾かぬうちに翻す、か。全く、酷い主人もあったものだがな。……お前のせいだ。責任を取れ」
 かつて散々歯に衣着せない文言を投げつけてくれた相手と同一人物と考えられないぐらい、遠回し過ぎる物言いだ。意味は伝わるので、ん、と私はまた短く返事をした。
 うん、いくらでも責任取る。今日の夜に限らず、取る。
 近付くなとか、会う時間制限とかは履行が難しいけれど、他のことなら、する。頑張る。
 タナッセは、国政から縁遠くあろうとしていたのに、私のせいで領主なんて大変な立場についてしまった彼がいかに苦労したか、しているか、想像に難くなくて。最近教えてもらえたが、彼は人気の詩人ディレマトイで、何もなければ今頃ディットンのある伯爵に弟子入りしていたらしいのに、その予定を潰してしまって。
 私は甘えるのがどうも好きらしく、そして彼は逆がとても好きらしく。互いに噛みあってはいるものの、もちろん可能な範囲で私も彼の補佐をしているものの、苦労させてばかりなのは否定出来ない事実だ。そんなの言葉にした日には、私がお前にしたのはもっと酷い云々と罪悪感込みで言い募られそうだから絶対に心の中から出す気はないが、ずっと思っている。
 だから私は、うん、ともう一度首を縦に振った。
 なんでもするから、責任でもなんでも取るから、なんでも言って。
 息苦しさすらある腕の力にいっそ安堵すら覚えつつ身を委ねて告げる私に、そうなんでもなんでもと言うな相手が私でも自衛しろ頼むから、と妙に切羽詰まったタナッセがぼやいた。
 ……早速、履行出来ないお願いだ。正確には、半分だけ。
 タナッセから身を守るなんて、そんな、する必要も意味もないのに。










*+++*+++*+++*+++*+++*
なんかもう大変間が開いてすみませんヒィ。



ある時期まで一度も手を出せていない、
初夜に一回はしたけど……、
いやもうほとんど毎日、
どれも美味しいと思うのですや。