いわゆるフリーゲームに関する感想や二次創作メインに投稿しています(2023年現在)。取り扱い作品:『冠を持つ神の手』

2013年1月14日月曜日

【かもかてSS】Je te veux

【 注 意 】
・タナッセ愛情B
・「無礼会・タナッセ」印愛高時のバレ有り
・主人公版嫉妬、タナッセ視点三人称





 風が石壁を這い回る。窓枠ならうるさくて、外の木々はざわめきを絶やさない。この辺りでは珍しいほどの暴風に、しかし彼女は人気のない回廊で一人立っていた。彼女――もう一人の寵愛者でありタナッセの婚約者であり、更には先週に篭りを明けたばかりの女性である。
「――――」
 通りかかったタナッセの思考は僅かの間、白飛びを起こした。舞うと言うより最早弄ばれている黒の長髪を押さえもせず、彼女は中庭に顔を向けている。表情は薄い。つまり、自身の惨状に気付いてはいない。はためくのは、曇天であろうと光を含んで輝く黒髪だけではないというのに。女性服は裾が広がっているのだ。城に来たばかりの頃健康的だった肌の色は今や作り物めいて白く、風が強く吹き抜けるたびその白がふくらはぎの曲線をあらわにした。更に上方が見えず鉄壁なのは、両の手が力はないものの下ろされているおかげだろう。だが、十二分に目の毒だ。
 荒天のせいで誰も見ていないことに頭の片隅で安堵しつつ、タナッセはかつてない素早さで駆けた。背後の普段表情を変えない護衛が目を見張る速度で婚約者の眼前に着くと、目を丸くした彼女に対し早速注意を促そうとして、
「……っ、き、おま、」
 ただ一言口にすればいいものを、まずどもった。タナッセを見上げてくるなんの含みも持たない瞳が疑問を浮かべ、気遣いの言葉を紡ぐ。最後の一言が「大丈夫? ……色々と」なのは少々毒を感じるが、視線は柔らかく、そして甘い。とはいえ、告白をされて以降はずっとこんな調子だ。変わらぬ少しの毒と、以前より小生意気さの抜けた喋り口調。 思いに浸りかけた時、タナッセは短い悲鳴で我に帰った。じっと彼を見上げていた彼女が巻き上がる髪と共によろけ、横向きに倒れかけたのだ。きつく目を閉じた肩と腰に手を回し、抱き寄せる。篭りを終え、女性としての丸みを帯びたにもかかわらず、どちらも頼りなくてならない。
 彼女の身体は安定したが、先程目にした白い脚とどこかぼんやりした瞳、今腕の中にある細い肢体でタナッセは混迷を極めた。だが今はそれを上回る心配が彼の言葉を圧さず、今度こそ言うべきが口に出る。
「大丈夫か? 突風とはいえこの強さに負けるとは……熱でもあるのではないか? 寵愛者であるお前は体調の悪い状態に不慣れだろうから自覚がないのかもしれないが……。あぁ、こんな荒れた天気の日に出歩くからだ。……万全の体調で行われるべき篭りが私のせいで出来なかった上、ましてお前は篭りを終えたばかりなのだぞ、風邪も引くだろう。ほら、部屋にも、」
 戻るぞ、と最後までを言えなかった。半目の彼女が彼の手を取り自身の額に当てたからだ。てのひらに伝わる体温は熱すぎず、冷たすぎず、あたたかい。重みをタナッセに預けたまま彼女は唇を尖らせて、ヒールが高くて不慣れなだけだ、と彼の背に腕を回してきた。しかも、かなり力を込めて。動く気はまるでないらしい。タナッセも縋り付きの腕を引きはがす気にはなれず、さりとて人気がないにしろ回廊で抱擁を続けるのにも困り果て、結局何も言えない上微動だに出来ないまま無限のような時間が流れる。沈黙を破ったのは、つっかえながら発される長々した前口上だ。
 別に聞こうと思ってない、参加もしてない、ああでも立ち聞きしたからやっぱり駄目かもしれない、えぇと、えぇっと。
 珍しくぶつ切れな喋りの上、最後の思考停止音以後また風のうるささだけが沈黙を糊塗する有様で、さすがにタナッセも名前を呼ぶ。なるべく優しくと意識したのが功を奏したのか、彼女は顔を上げた。……またも珍しく。沈みきった色が顔全体に刷かれていて、更には次いで開かれた口から零れるのも先と同様滑らかさが微塵もない台詞だ。知る限り初めてのまるきり要領を得ないそれを、要約するなら下記のようになるだろう。
 彼女が広間を通りかかると、やけに華やいだ声を上げる一角があった。タナッセの名前を耳にしたので足を止めてしまったのだが、飛び込んできた内容に少し、少しだけ、本当に少し――本当はとても動揺してまるっと聴き入ってしまったらしい。ただ肝心の内容は、
「……こら。おい、こら。…………あのだな、私とお前の現在の関係を言ってみろ。もう一つ、奴を含めて選んだ性別を思い出せ」
 半ば頭痛すら起こしながら呆れて返した。一年のほとんどの間、棘つく言葉を投げられ、地下湖に突き落とされ、挙句徴を奪う儀式で殺されかけてなお、それら全てを行った張本人を赦したという心が広いにも限度がある彼女が、
「つまらん連中のつまらん……無礼会だったかあれは、あんな話に不安を覚える必要など……いや私の行いを思えば信用がなくとも当然……」
 普段大人しく腕の中にいるだけの彼女が抱きしめてきたのは、おそらく広間で開かれていた下らない噂話に花を咲かせる連中――彼らは無礼会などと名乗っているようだが――が、タナッセとヴァイルの話で盛り上がっていたためだった。十八年城暮らしをしていたタナッセからすれば凡庸で目新しさ皆無な代物だ。
 昔は仲が良かった、実質の婚約者のようなものだった、王子殿下は何をやったか従弟殿に大層嫌われた、いやそれでも万が一が――――。
 最近は、万が一すらなかったとは心底から忌み嫌われたものだな、とつくようで、彼女の耳に入ってしまったのもそちらが加わった種類だったらしい。ならばこうも心乱れさせる必要などないだろうに、泣き出してもおかしくな落ち込みなのは、心の底から信頼が足りていないのか。
 だが、否定の語が即座に掛かる。違う、タナッセが悪いのではなくて、自分が悪いのだ、と背伸びをして。安定のためか、自然身体がきつく押しつけられることになった。……円やかなふくらみがタナッセの胃の辺りで形を変えて柔らかく、非常によろしくない。とはいえ突き放すことは難しく、心の中でだけ仰け反った。心中を彼女が悟れるはずもないのだろう、必死に言い募る。
 自分のどこがタナッセに好きになってもらえたか全然分からず、自分が知らない二人の十五年を思って勝手に不安になっただけだ。あなたを困らせるつもりはなかった、ごめんなさい。
「な……そん、」
 詰まる彼に対し、更に言葉が被った。
 罪悪感だけだったらどうしようと――少し思ってしまって。
「――莫迦な。莫迦なことを言うな。というかお前莫迦だろう」
 罪悪感などというもので、未分化相手に地下湖における二度目の所業が出来るわけがない。まして、家族で食事を摂れる貴重な機会に呼ぶものか。そして、いまだ伝えることはかなわないが、罪悪感一つで、彼女が過ごしやすいだろう場所を求めて領地の選定や領主となるべく今更の詰め込みなど始められるわけがない。
 第一、
「お前が私などを赦し、告白し、あまつさえ婚姻の契約を続けたいと言う方がよっぽど理解に苦しむ。だがな、……どうしたことか私はその、世迷い言を疑ったことはないぞ。長いに篭りに苦しんで尚、再会の折りに私を恨まず喜んだ時からな。あの時どれ程、一体どれ程私が安堵したのか、知らないだろう」
 緑の月も半ばを過ぎたその日、未分化頃の面立ちを色濃く残しながらも女性の優しい美しさを手に入れた細身が、軽やかな笑い声と共に再会を歓喜した。ようやく会えたと、タナッセに身を預けるように抱きついてきた。
 率直に言うが。
 彼はあの時、早々に婚約関係を披露しようかと思うほどに我を忘れかけたのだ。
 恥を押して内心を吐露すると、字に起こせないような声を短く上げて腕の中の女性は一気に耳や首までもが朱に染まった。口は何度か言葉を紡ごうとしている。しかし、音にならないらしい。ここまでの動揺はタナッセが知る限り初めてだ。無様にも言葉に詰まってばかりなのは大概彼の方で、そんな彼にも真っ直ぐ気持ちをくれるのが彼女。今は珍しく、逆転していた。していたのだが、強気を続けるにはまだ彼女との甘やかな関係性が不慣れに過ぎる。彼は彼女の赤に負けない強さで頬を赤にして、
「ぁ、ぐ、――いつまでも往来でこうしているのは駄目だ、い、いい加減離れろ! というか分かったな? これで分かっただろうが! えぇい離せ! 私に行かせろ!!」
 弾けるように叫ぶ。目を丸くした彼女は半ば反射のように頷くなり、跳ねるように腕の中から抜け出た。突然何かと問う声にも応えず、タナッセは自身も止められないまま逃げるように駆ける。回廊の曲がり角に来た時、更に彼女の声が届く。問いではない。
 ――――ありがとう。
 分化しても変わらず、高くも低くもない声音。それが穏やかに、彼の耳に。











 Je te veux










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ポーレット・ダルティでも、ALI PROJECTでも。