いわゆるフリーゲームに関する感想や二次創作メインに投稿しています(2023年現在)。取り扱い作品:『冠を持つ神の手』

2013年1月20日日曜日

【かもかてSS】印象は白と黒(1/5)

▼1/5【0】~【2】/2/5【3】~【4】3/5【5】4/5【/0】▼5/5後記



【 注 意 】
・いわゆる本編再構成系SS
 タナッセ愛情ルートBを非常に自分色強めに勝手解釈
・性質上本編からの台詞引用多めです
 同様に「うちレハト」設定が前面に出ています
・あと、リリアノが本編地の文と異なり呼び捨てでないのは仕様です






印象 は 白 と 黒



「君は、突然自殺をしろと言われて従えますか?
 そう、自殺です。
 青子はね、近いことを求められたのです、十五の時に。
 彼女がそれまで積み重ねてきた努力も希望も、過去も未来もすべて捨てること。今日からおまえは違う生き物として生きろ、とね。
 どうです? それは自己の抹消、未来の死と同じだと思いませんか?」

(『魔法使いの夜』TYPE-MOON/一部省略)



【 0 】hide/白

 移動の最中は雨に降られることが多かった。
 村育ちの私としては場違いに感じる場所へ行くというだけでも重荷なのに、いくらアネキウスの恵みといえど頻繁に過ぎて苦痛を覚える。鹿車の車輪が泥を跳ね上げるし休憩に外へ出ることもかなわない。だが今日は違った。あれが城だと同行のローニカ――神に選ばれた貴方様が一侍従に敬称を付ける必要はないと頑ななので呼び捨てだ――が晴れの虚空を指さして言って、私は改めて嘆息する。道中に為された説明と合わせて酷く嫌な気持ちで。
 晴れに浮かぶ石造りの城は、あばら小屋に毛が生えたような家に住んでいた身からすると過剰に堅牢だった。必要性のない二人目。幼い頃から王たれと教育を受けた少年と、田舎暮らしで本の一つも読めない私。
 雨の気配一つ無い空の下、私は城に足を踏み入れた。聞こえても構わないというように、しかし密やかに見張りの衛士がこちらを寸評するが、ローニカは首を横に振った。
「貴方様は神に選ばれたお方、堂々としておればそれで良いのです」
 内心ぼやいた。要りもしない二人目を気まぐれに作って今更引っ張り出してきた神の真意を問いたいところだな、と。
 鹿車を降りると、階段上に人影が見えた。男性だ。短い髪を軽く撫でつけ、用途の不明な薄布を右肩から下げる彼は、繊細な顔立ちにそぐわない表情を浮かべている。似た色を、私は村で見たことがある。受けた印象ままの言葉が投げられた。可哀想に、と。
「今更出てきても何の益もなかろうに。誰にとっても不幸なだけだ」
 普段なら流せもしただろう言い様。ただ、私は人生最高の不機嫌にここ最近包まれており、むべなるかな、明確な感情が彼に向けられることになった。真正面から投げつける気概は嫌いと言い切れないが、思う。彼の言動は許容出来ない。というかはっきり気にくわない。自覚しているとしても、改めて指摘されると勘に障るのが人情だろう。
 そもそも。
「可哀想に。額に印が刻まれたばかりに」
 ああ全く、村で見覚えある表情のはずだ。
 ある種本気の憐憫と理屈なしの敵意。見慣れていて、向けられ慣れていて、だから通常対応を取ろうと決めた。決めたのに、早速決意が出鼻をくじかれた。
「他の誰もがお前の到着を喜ばないだろうが、私だけはお前を歓迎してやるよ」
 理解の範疇を超えた言動で、一瞬空白に支配される。おかげで去りゆく彼の背に問いかけられない。色々尋ねたいこともあったのだが。眉間の強ばりへ指を当てる私に、衛士の時同様ローニカは気にする必要はないと言った。また、結局名乗らないでいなくなった彼についても教えてくれた。現王リリアノ唯一の令息、タナッセ・ランテ=ヨアマキス。印を持たず、継承権のない王子。一体何を持ってタナッセは私を歓迎するなどと口にしたのか。





【 1 】stranger/緑


 柔らかく身体を沈み込ませる寝台は夢を見せる。嫌な夢を。
 頭一つ抜けた高さの神殿と、比べて控えめな二階立ての家と、平屋の木造建築。それらが統一性なく立ち並んでいる緑の村は、私が数週間前まで住んでいた場所と相違なく。
 つまり、相も変わらず私は大人達からひそやかに言葉を投げつけられていた。
 名も知れぬ父親の怪しさだとか、母親が生死すら口にしない理由だとか、およそ娯楽というものが存在せず搾取されるだけの鄙びた村では愉しく語られている。私自身へ話が流れることは少ない。大抵は父母どちらか越しの話題だ。
 同年代の子供達は、昔こそ穴掘りに腐心したり親の受け売りを必死に用いて楽しんでいたが、最近はほとんどそういうこともない。何故そうなったか心当たりはないでもなかった。……同時にさっぱり理解出来なかったが。
 薄っぺらい同情を寄せてくる存在も一定数あったけれど、いっそ惨めでいらない憐憫の情だ。まだ昔の子供連中同様真正面から切り込んでくれる方が反応のしようもある。せめて泣くぐらいすれば可愛げもあると言われても。無意味に過ぎる。
 夢は大雑把に数週間前までの状況を俯瞰すると、私を現実に放り投げた。
 侍従のどちらが声を掛けてくるよりも前。アネキウスが光を強くし始める少し前、身体に染みついた習慣通りに半端な心地で目覚めてしまう。慣れない柔らかにもがくような気分で身体を起こして私は先月の判断を正しかったことと反芻した。
 ――――ふむ、本気か?
 ――――お主が王になること、万が一つにもありえぬ。
 王になる気はあるかと問われ、えぇありますともと返し、言われた。そりゃそうだろう。私だってもし国王陛下が辺境の村に単身やってきて「これから村の一員になろうと考えている」と抜かしたら同じ応対になる。真っ当な感性だ。そして私も夢――いやふわふわ緩い、甘い考えで宣言したものじゃない。まだ感情は事実を退けたくて堪らない様子だが、余分な二人目であっても選定印が額に貼り付いている以上、最早外での生活は望めないと理性は気付いている。どんな利用をされるか知れないのだ。
 ならせめて、不安定な足元を自分で盤石にしていく。知り合い一人存在しない湖の真ん中で、まずは無理矢理にでも存在を示していく。結果として王になれなくとも、まるで問題ない――対抗馬として目立ちすぎると排除すべき邪魔者扱いになるのは明白だし。
 その日中、散歩途中で遭ってしまったタナッセに奇しくも嗤われた。馬鹿な二人目の噂は広まっているらしく、少しの安堵が胸をよぎる。だがしかし。
「うわ言を抜かす前に、まずは自分の顔を湖に映して見てくるがいいさ。そのまま沈んでもらっても、一向に構わないぞ」
 先月、衣装部屋でかち合った時も思ったけれど。
 正直こいつ、すごくイヤ。
 イヤさにとうとう我慢が出来なくなって、手を挙げたのは月末の、やはり衣装部屋で、だった。厭味と皮肉の中身自体は今までに比べればもっとも軽いものと言えた。田舎くさいなんて重々承知で、だから今日の舞踏会は参加を控えたのだから。
 ただ、積み重なった腹立ちが少しの衝撃で弾けてしまって。
「…………」
 あ、と我に帰ったが時既に遅し。存外しなった手が乾いた音を右の頬で打ち鳴らしていた。布手袋に覆われた私のてのひらが立てる音はくぐもっていたが、浮かんでいた嘲笑を頬からかき消し、タナッセは冷えた視線と数呼吸分の沈黙を向けてくる。やがて低い声音と共に叩き返された。
 咄嗟に反発しかけた私へ、呆れしかない低さが覆い被さってくる。
「……ほら、お前は黙るのか?」
 言われなくても知っている。
 昔は。本当の本当に昔は、村で同じことをしたしされた。
 私も――僕も彼らも黙らなかった。
 喉元までせり上がるそれを堪え、今度は私が沈黙を作った。タナッセはそんな私など見えてもいないように一方的に言いたいことだけ言い放つ。頬を押さえたまま、私は踵を返した背中を見つめていた。





【 2 】sore/青

 見たくない夢、見てしまった夢。
 いずれにしろ不愉快には違いない。
 今日もまた、既に遠い過去を見る。
 父母を通して判断される私は、僕は、しかしどちらをも嫌ってはいなかった。父については好悪を抱ける材料がなかった。母は――。
 僕と母は毎日の農作業を初めとした日々の糧を得る仕事と併せて非常に疲れていた。疲れ切っていたのだ。僕と母は、互いに互いを嫌ってはいなかった。しかしとにかく余裕がなかったものだから、大半の記憶は気まずい沈黙と破裂した苛立ちを何某かの物品に乗せた酷い代物になる。時折あるあたたかい記憶は、貴重すぎるからすり切れないよう普段はしまってあるのだが――一つだけ、例外があった。暇があれば持ち出すそれは、最新のあたたかな、つめたいおもいで。庇われた己と、庇った彼女の、不意の別れのおもいで。
 そして僕は、付け入られることを恐れ、距離を取るために誰もが使わない「私」になった。それがまさか、……「私」が当たり前の場所に来るなんて、運命の皮肉としか形容しようもない。
 今日も目を覚ます。寝台は変わらず埋もれそうに柔らかい。起き上がるのにすら苦心するほど。だから夜は好きじゃない。
 身をよじるようにしながら起き上がり、私は両手を眼前に掲げる。外は仄かに明るい。農作業で荒れきっていた皮膚は、今少し、寝台の甘さと似合いの感触になり始めていた。
 しかしまあ、なんというか。
 こんな夢見てしまったのはどう考えても奴のせいだろう。おかげで幼稚な気分と感傷的な気分に浸らせて頂きましたとも。どう考えても昨日の朗誦は貴族様方に似合いの詩歌だったというのに、ほら、そんな状況が今や私にも微妙に、本当に微妙に、被ってしまっているのだから。

          *

 本当に試合にご出場なさるのですか、とローニカに言われた。
 もちろん。しかも優勝する気しかない。そのために先月は訓練に明け暮れ、やはり田舎者見知らぬ場所で戸惑うばかりと噂されても我慢したし、参加している衛士の質を試合を見学して確かめもしたのだ。字面通りの真剣勝負なのが気がかりだが、昨年起きた問題を鑑みて衛士は更に手を抜いて来るだろう。あとは、
「――――ん、」
 さっきから、むしろ武術の受講中にはずっと刺激されている記憶の最も辛い部分に負けないでいられるか、だ。背筋に怖気が走ってやまない。幻視するのは空から振る大きな銀色。いまだ生々しい記憶なのだと思い知らされる。
 幸い、試合の決着はいずれも素早く付いた。数手を守り、切り込みのクセを確認した上でのフェイントは、的確に相手を打ち払う。むしろ次の出番までの待ち時間が長いくらい。とはいえ、もう少し長引いたら仮病でも使いかねなかったので、あっさり勝てて良かった。
 優勝を讃えられてかなりご満悦の私は、言うまでもなく5日後の訪問なんか想像もしていなかった。
 その日の私は、いつも通り4日分の疲れを癒すべく、中庭の散策をする気でいた。最近気に入りの過ごし方だ。が。休日用の簡易な衣服に着替え直したところで奴が来てしまったので、ついて行かざるを得なかった。奴――タナッセがわざわざ訪ねてくるなど、どんな異常事態だというのか。相も変わらず美形を台無しにする常時不機嫌そうな面持ちに内心ため息をつきながらその背を追う。
 昼でも暗い中庭の一角で、タナッセは立ち止まる。人払いはしてあるというが、一体何を話そうというのか、まるで見当がつかなかった。大人しく耳を傾け待つ。
「さて、話というのは簡単だ」
 私と組まないかと言って、「具体的に言うならば、私とお前が婚姻を結ぶということだ」
「…………」
 思考が白飛びした。何もかもが途絶した私には自身の顔面の動きすら把握出来なかったけど、相当ヘンな顔をしたらしいのは彼の言葉で分かった。あんまりな表情だったのか、いくらかの説明が付随していく。
 曰く、仲睦まじい夫婦になるというものではなく、互いの利点を用い合うだけの関係ということ。情はむしろ不要で、嫌い合っている故の申し出であるということ。
 疑問点は山のようにある。私はヨアマキスという貴族の後ろ盾が手に入るが、……タナッセは私と組んだところで何を手中に出来るんだろう。怪しすぎる。絶対に裏がある。第一、私の王になりたい発言はハッタリの類というか、実際あんな苦しい地位を手に入れたい訳ではない。永久に城暮らしなだけでもう充分。でも、タナッセの謎しかない申し出の理由は気になった。
 勉強、人付き合い、そういったものに手を抜けばいいだろう。まかり間違っても王様になりたくはない、向いていない、適正なんて皆無だ。
 結論づけて私は彼と組むと伝える。
 すると、言い出した割にタナッセは不快そうな顔で肯いた。
「……ふん、そうか、組むのか」
 しかしまあ、ヴァイルのことを考えても、理解不能な持ちかけだ。流れる噂や時折見かける二人のやり取りは確かに不仲を指し示しているけど、人生のほぼ全てを一緒に過ごした人物を嫌いきるなんて出来るんだろうか。私には無理だった。……味方の振りして殺される、なんてオチだったら笑えないったらない。
 それにしても、
「ならば、今後恥ずかしい真似は謹んでもらいたいものだ。名目上だけとはいえ、今のままでは伴侶と称するのすら恥ずかしいからな」
 やっぱりムカつく。なるべく堪えて無視するように心がけているが、村人達の言葉と違って受け流しが全く難しい。一体どうしてと思うが、理由のアタリは付いている。父母越しでない真っ直ぐな嫌悪がほとんど初めてだから勝手が違いすぎるのだ。
「では、これからよろしく頼むよ、婚約者殿」
 甘さなど欠片もない、甘いはずの続柄の響きを最後に、タナッセは一人先に帰って行く。










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