いわゆるフリーゲームに関する感想や二次創作メインに投稿しています(2015年現在)。取り扱い作品:『冠を持つ神の手』

2015年1月9日金曜日

【かもかて】永遠の夢 バベルの図書館

 タナッセ愛情は好友アッププレイを意識しない限り低好友、それも概ねマイナス好友ですよねという話をなんとなくだらだらします。

 タイトル元ネタは一般文芸なので伏せます。どうもBloggerはGoogleサービスな事もあってか検索上位になりやすいと聞いているので。が、片方は分かりやすいですし、音のリズムでもう片方もすぐにピンと来る方はいそうですね。





「知っているか、[主人公]よ。
 真の敵対は、相手を人間扱いしなくなることから始まるのだ。
 故、我らは彼が「生活」などしていたと思おうとしない。
 彼はただ、秩序を壊す混沌の写し身、妄想に取り付かれた愚者として扱われる」
(リリアノ「語られぬ王」/私生活について)



 かもかては複数の解法を持つゲームなので絶対のルート解釈はないのですが、それでもおそらくは「プレイヤーの主な解法はこれだろう」という目安はある訳で。

 タナッセ愛情は、例えば「好愛は当然プラスだが、好友はマイナス」がその一つだと考えています。

 そこで個人的に注目したいのは「タナッセはヴァイルの考えていることがもうさっぱり分からない」ことと、この二人にたくさん転がる問題の一つにその好友の低さがあるだろう、という辺り。


 繰り返しになりますが、タナッセはヴァイルに対してたくさんの「大切」を抱えています。
 初めて見た自分より小さないきもの(庇護対象)であり、実際血縁者であり、実弟のような従弟であり、実際共に暮らして家族であり、初恋相手です。

 幼い頃から見守ってきた気心知れた人物への恋心、というのがタナッセにとってはそれなりに大きなウェイトを持っているのではないでしょうか。
 よく分からない言動が目立つようになった、大切ではあるものの嫉妬を覚える印持ちのヴァイル。
 それへの困惑は外伝小説の随所に描かれています。

 そして、二人の関係はその他哀しいぐらいに多数存在する決裂要因もあって、ゲーム開始直前に「不仲」と形容せざるを得ないレベルにまで落ち込んでしまう。


 一方、ゲーム開始直後のタナッセから主人公への感情は、憎悪と嫌悪が振られています。

 この場合の嫌悪は「理解出来ない」よりも「近寄りたくない」なんでしょうが、多分時間が経つにつれて「近寄りたくないわ理解出来ないわ」になりそうです。

 タナッセは金持ち坊っちゃん的日和っぷりをを除けば基本賢い人間ですから主人公の立ち位置への理解は感情抜きにあるでしょうが、同時にそれは主人公本体への理解ではありませんし、おそらく主人公そのものを理解しようという気などさらさらないでしょうし。

 好友も、愛情を一直線に目指すとちょっと上げにくい辺りに選択肢があります。

 気をつけていれば私ですら一心同体可能な程度ですが、逆に愛情ルートでは本来特に友情系選択肢に気を使わなくても構わない攻略キャラとも言えます。
 少なくとも、自然体でプレイすると愛情目指していてもそこそこ~結構好友の上がるヴァイルやサニャとは明確に異なる。


 そんな訳で、好友マイナスタナッセ愛情って色々妄想が膨らむのです。

 代替物かもしれないが不要物であるかもしれないもう一人の印持ちである主人公に赦され告られたの、そんな嬉しかったんですか王子様!とか。
 理解出来ないけれど愛していると自覚した相手を大切にしようと実行に移す心境について、400字詰め原稿用紙で30枚程度で教えて下さい王子様!とか。


 しかし、素っ頓狂な状況に晒されたとはいえ、「主人公が自分を好きになったように自分も主人公が好きになったのだろう」と自覚出来たこと。
 罪悪感があり贖罪の念もあるとはいえ、「よく分からない思考の持ち主だが一緒にいよう」と前向きに逃げ出さなかったこと。

 友情が過去を過去として今のためにそれぞれの未来へ進む話なら 、愛情は過去と向き合い昇華した上でそれのきっかけと共に未来に進む話。

 どっちもやっぱりいいですよね。
(ただししつこく何度も言いますが、それでも敢えて私は友情後キャップ解除で愛情派です・笑)



 ところで、冒頭引用した語はやっぱりタナッセ→主人公への印象(初期、愛情途上、憎悪、ヴァイル裏切タナッセ好愛35未満時等々)を想起させます。
 同一人物ではないので差違は多くありますが、よく似た親子です、本当に。