いわゆるフリーゲームに関する感想や二次創作メインに投稿しています(2023年現在)。取り扱い作品:『冠を持つ神の手』

2014年1月20日月曜日

【かもかてSS】Amor / amor / de profundis

【 注 意 】
・タナッセ愛情「最後の日」
・主人公 積極 200



 優しくて、心が強くて、でもそれに気付けていない。
 ちょっと頼りないところもあるけれど、捻くれてもいるけれど、努力家で包容力がある。
 彼の自覚がどうであれ。
 私の好きになったひとは、私にとってそういう存在だ。

          *

 タナッセが内心を吐露してくれたことに、改めての婚約に、約束に。
 幸せで頭が真っ白になる、なんて経験に全身が熱くなったのも束の間、彼は私に帰るよう言ってきた。最低でもひと月は会えないのだから、もう少し側にいたい。せっかく、あの雨の日と同じに二人きりなのだから、もう少しだけ。
 私は我儘を言ってみることにする。
 せめて婚約者らしいこと……ううん、恋人、らしいこと、をもう少ししてみたい。
 とはいえ、口付けはもうしてしまったし、横抱きもされてしまった。手も繋いだと言えなくもないだろう。
 そうすると。
 考えて別の意味で頭が真っ白になった。
 子供には出来ないというか、もしタナッセが出来たら特殊な趣味を持っているというか、別に私に向けられているなら問題ある趣味でも構わないけれど、とにかく駄目。
 これだから品のない田舎育ちは、と思われかねない順序を無視した思考を私は蹴り飛ばす。
 そう、そうだ。順番が大切だろう。口付けが最初に来ていたので今更の気もするが、図書室で読んだ恋愛話にもあった流れだ。村でも「口付けする前に流れで押し倒した」という話、聞いてたし、多分それの貴族版だ。
 思い、私は恋人らしい行為の中でもまだしたことがないものを頼んでみることにした。タナッセの様子を窺いながらの言葉になってしまうのは、もうしょうがない。我儘を口にするのも内容の甘さにも羞恥を覚える。
 見上げた彼の、薄く朱に染まった頬に私は訥々とこう言った。
 途中まで、人目のないところまででいいから、腕を組んで歩きたい、と。
 彼の赤は耳まで到達する。反応がちょっと過剰じゃなかろうか。自分棚上げで疑問する私に、どもりながらの返事があった。
「う、腕、か。腕、ぐらいなら、まぁ……そそそうだな、人目の付かないところまでと言うなら構わないだろう。あぁ、そんなに言われては無下にも出来ん」
 言われる程言葉を重ねた記憶はないけれど、甘えが受け止めて貰えたことだし、黙っておこうと思う。
 今はただ素直になる。タナッセに浅く腕を絡める。
 近くに並んで立つと、新たな発見があった。
 背、思ったより高い。
 間近で、しかも目を動かすことなく彼と視線を合わせようとするならば、まるで空を見上げる勢いで頭を上向かせないとならなかった。一人で、一方的に、視線を合わせるだけなら。
 タナッセは、少し首を傾けてる。
 私も、少しだけ首を傾ければ済む。
 二人で少しずつをしあって、視線は噛み合う。
 無言で見つめ合ってしまう。でも、見つめ合う、と形容する程時間を感じたのは私だけかも知れない。
 絡んだ視線には何も触れずタナッセは軽く腕を動かし、
「それでは互いに歩きにくいだろう。……も、もう少し寄れ」
 ほとんど触れているだけだった腕を私は深く絡め直した。当然距離はより縮まり――さっき呆けていた理由が唐突に理解出来る。
 何故、なんて。莫迦らしい思考じゃないか。
 私はもう一方の腕も絡め、半ば抱き締めるかたちで一層寄り添い、顔をすり寄せた。
「なっ、おま、お前、何を! そそっ、それじゃ歩けないだろうがっ。こら離せ!」
 見下ろしがなるタナッセの顔の赤は濃くなって。
 私は思わず微笑んだ。
 こんなに凄く反応してくれるのだから、きっとタナッセも同じぐらいの気持ちで居てくれる筈だと思って、言う。
 タナッセが好きで、好きすぎて、戻れと言われただけで切なく感じる上、案外手が大きいだとか背が高いだとか小さな発見に喜んでしまう。だからやっぱり、もう少しだけここに居たい。二人きりで、なんでもいいから話をしよう。もっとあなたと話をしたい。
 彼はとうとう固まってしまった。息を呑んだあと、絶句して彫像のように半端な形のまま微動だにしない。
 遠くで鳥が囀る声を一通り聞き終えた頃、タナッセはようやく動いた。
 唸り声を上げだしたのだ。
 けれどすぐやみ、今度は脱力して私の名前を二度呼ぶ。
「……そう簡単に、なんだ、好き、なんぞ言うんじゃない。言うな。言うんじゃないぞ、分かったな」
 散々疑われたことだし、呆けてみとれてしまうぐらいなんだし、積極的に言う方針だ。なので肯けない。ただ、気になることが一つあったから、そこをはっきり問うておくことにする。タナッセは、私にも直截な言葉は口にしない。恥ずかしいだけなのか、あるいは、と気になってもいたし良い機会だろう。
 あなたは、好きとか、愛してるとか、言ったり言われることは嫌いなのか。
 思わず俯き気味になる。辛うじて視線だけ上向けて首を傾げると、わざとらしく大きな嘆息がまず返り。
「違う」
 彼は否定した。私の目を見詰めながらの強い語調だった。
「……違うから、問題なんだ」
 そうしてタナッセは天を仰いだ。空いた手で目元が隠されてしまうけれど、声色が伝えてくる者はあまりに多くて。
「好き」
 私は笑いながら彼の腕を抱く力を強めて告げた。「タナッセ、本当に大好き」
「何度もなんども言うことか!」
 声量だけはある言い返し。けど、首まで染まっていたら全然説得力がないから、私は腕を組むというより半ばしがみつきの体勢のままタナッセを引っ張った。いかにも不機嫌そうな顔で、でもされるがままに彼は座ってくれる。
 依然赤いままの顔をさっきまでより至近距離で見詰めれば、睫毛の長さや通った鼻梁、男の人と思えないぐらい……少なくとも村では目にした試しのないぐらいきめ細かな肌がよく分かるし、胸が高鳴ってきた。浮き足立ち始めもしたし、なんでもない話、と先手打っておいて正解だ。
 好きな天気や草花や食べ物、趣味。
 そんなことから始めた。
 タナッセはどの問いにも律儀に自身の所感を一言添えて返してくる。私の口にした好きと重なることもある。嬉しくなった。まるで違っても、やっぱり嬉しい。
 たとえば私は晴れが好きだ。晴れ続きも困るけれど、屋根の修理や余所の手伝いをさせられる時、雨で出来なくなると理不尽なことになるから。タナッセは雨でないとここに来られないという意味で、雨を割合好んでいるらしい。好き、とまではいかない理由を突っ込むと、雨に打たれて高熱を出したからだと言われた。
 趣味の話の最中、答えて貰えないこともある。
 王座の間や広間での一件を思い出し、詩が好きなようだけれど書いてはいないのか、とかも尋ねたもののはぐらかされてしまった。残念。
 苦手なことも尋ねてみると、剣術始め武芸は苦手どころか嫌いなようで、意外だ。正確には、乱暴なこと全般好まないようだけども。御前試合の日の一人鍛錬はなんだろう? 気になって、でもまたはぐらかされそうだと黙ってみたり。
 突っ込んだ話は、これからゆっくりと。
 思ったと同時、鐘の音が響き渡る。
「きりもいい、いい加減戻るぞ」
 タナッセの促しに私は首を縦にした。随分我儘に付き合わせてしまったし、何より有無を言わさぬ響きもあったから。
 立ち上がろうとした私に、眉根を寄せた彼は静かに語りかけてくる。
「……お前の籠りは、おそらく長く辛いものになると、なってしまうと思う。本来であれば、万全の体調で望めたろうに、私のせいで」
 私も眉間に皺を寄せる。
 せっかく、互いのことを少し深く知れてすっきり終われそうだったのに、律儀にも程があるというか、タナッセの莫迦。
 また残念を感じて。
 もうこれは実力行使しかないな、と私は身を乗り出す。
「本当にすま……って、な、何を」
 今日まで大丈夫、平気、と繰り返してもまだ色々言うのだから。
 幸い、黙って欲しい時にすべき行動は知っている。一つは村で知って、もう一つはタナッセが教えてくれた。前者は彼の嫌いな行為。
 なら、と。
 突然顔を近くした私に言葉を止めたタナッセの――婚約者の唇に、自身のそれを重ねてやった。数瞬の触れ合いだけで、すぐに離す。
 で、えぇと、私はなんと言われたのだっけ。確か、
「“うるさい、黙れ”」
 でも、と至近距離で囁いた。
 今から言うことを忘れないで欲しい。どんなに分化が苦しくなろうとも、あなたが待っていてくれるのなら大した問題ではないのだということを。
 目を丸くしたままタナッセは口を幾度も開閉している。また、頬が真っ赤。勢い黙れと口にした手前急かすは宜しくないだろうと思うものの、鳥の歌声をまた一通り聞かなきゃいけないかと首を傾けた。
 だけど、予想より早く次の動作が起きる。
 立ち上がり歩き出したのだ、タナッセが。
 腕に巻き付いたままの私も必然、同様になる。
 彼の視線は前方にだけ向き、こちらの歩幅を気に留めもしない。
 けど。だけれども。
「莫迦を、莫迦を言っている暇があったら歩け、帰るぞ、莫迦か。この莫迦が。……度し難い奴だぞ、お前は。だが分かった、と言ってやる。でなければどうせまたぞろ帰りたくないがために我儘を言うのだろうからな。感謝しろ」
 早口に、吐き捨てるように。
 ――つまりは、恥ずかしそうに、歩きづらそうなくせ振り払わないままに、足下の悪い場所を私が歩かないよう進みながら言うものだから、嬉しくなるしか私には出来なくて。
 このひとを好きになって、良かった。
 心の底から、そう感じた。










Amor / amor / de profundis










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