【 注 意 】
・ヴァイル愛情A後
・ヴァイル視点三人称、one's better half, one's other half
一 枚 翼 ふ た り
こうあることが当然。
女を選んだもう一人の印持ちと居ると、いつでも感じる。ただ隣り合っていても、肌身を合わせても、変わらない。
今朝もヴァイルはもう一人である彼女の甘さに包まれて目覚めた。夜、抱きしめあって眠っても、目が覚める頃には大体彼女が彼を抱きしめ、彼はそれに縋る、という形を取ってしまう。
俺の方がでかくなったのに。
ヴァイルは内心思う。ちびのくせに、ちびのまんまのくせに、と。
彼女の背丈がそれなりに伸びていることは、奇しくも同日だった籠り明けの日、中庭の木で比べ合ったから知ってはいた。子供時分、どちらの背が大きいか小さいか、とある木に印を付け合ったからだ。結局ほとんど変わらず、なんとなく張り合いたくなったヴァイルが背伸びしてもう一度と言い出し――ヴァイルが先にしたから釣られると頬を染めながらあちらも張り合いだして。
思い出して今度は笑った。
彼女は、待ち遠しかったもう一人はそういうところがあった。
いつもは酸いも甘いも噛み分けました、という顔をしている割に、ヴァイルが遊びに誘うと今日はどんな遊びをするのか興味津々で彼に引っ張られたままになる。
勤しむ遊びは大体が子供じみた、場合によっては庶民の子供がするような遊び。
初めの初め、本当に最初の内はそんな子供っぽいことを今更、風に装っていたものの、村八分状態だった子供に経験などあるはずもない。積極的になるのは早かった。装いの幼児性であるヴァイルよりも、いつしか彼女の方が熱心になる。抵抗のように、私たち子供っぽい、と口にして、けれど顔に浮かぶのは満面の笑み。
嫌いじゃない。むしろ好きだと思う。
村で散々な扱いだったからか大人っぽい。ように見せかけて、大人という殻を着ているだけで、中身はとんでもなく分かりやすい上嘘がなかった。見目も心も装う媚売りが能の貴族とは全然違う。だからヴァイルはいつも嬉しくなってしまうのだ。
訓練場では悩んでいるそぶりではあったが女になるつもりと口にし、垢抜けてきたから願いをこめて女向きと褒めればヴァイルは男になりたいと言っていたけれどなんて頬を真っ赤にした。
全部ぜんぶ真に受けた。そんなに都合良くいく訳がないと何度も自分に訴えたけれど、どんどん好きになっていった。
だから心底嬉しかったのだ。
駄目かと思った分、一層嬉しかった。
大人しそうな外見や雰囲気なのに。第一印象は確かにそうだったのに。
その実ヴァイルよりずっとやんちゃ坊主だったもう一人の眼差しが、舟の上で無言のまま揺れて。
やっぱり、と思った。
一緒に、ずっとずっと一緒に居てくれるなんて有り得ないんだと落胆したその時。
泣き出す一歩手前の顔で、でも微笑んで、手指を絡めてくれた。
ヴァイルが喜ぶと泣きそうな部分は安堵に変わり――次に会った時はなんとなしに違和を感じた。
「んー……」
間延びした彼女の声は、まだ時間があると微睡みと記憶にたゆたうヴァイルを抱く力を強めてきた。彼より小さくなってしまったというのに彼女の身体は柔らかく、まるで守られているような気にすらなる。
かつて感じた変化と同じ感触。
あの頃は正体を掴みかねていたが、今ならよく分かる。
ヴァイルにあるのは父親の記憶ばかりだ。
母親の記憶なんて、ないはずなのに。
小さいくせに、小さいままのくせに、大きくなったヴァイルの身体は彼女の腕に一層強く抱きしめられた。彼が豆を嫌うように、彼女は剣を嫌っている。だからもうほとんど鍛えていない腕は、だというのに彼を逃がさない。
ヴァイルは彼を柔く包む、その身に比して大きなかたちに思い切り顔をうずめる。
彼女は結婚した日の夜、うとうと船をこぎながら話してくれた。
ヴァイルが背水の陣で約束を持ち出した時のことだ。
母親が死んだこと。何一つ恩返し出来ないまま、役に立てないまま、苦しんでいるのに何も出来ないまま、死なれてしまったこと。原因が己にあること。そうした全てに一気に心が飲み込まれて、応えることがこわくて堪らなかった、と。
ヴァイルはランテの三人目だから、ランテは大貴族だから、と言い聞かせながら恐る恐る手を伸ばした、と。
子供時代最後の日、それまでになく明瞭な調子で女になる、と口にしたのは、ヴァイルの選択を尊重したものだろう。訓練場では、母さんを手伝うのに男の方が都合がいいと思っていたのだが、と濁していたのだから。
「……ずっと一緒。ずっと一緒、だからなー……」
大人しそうなのに案外口は悪いし、大人っぽい風にしているのに時々突拍子もないし、細っこいのに蜂蜜や砂糖を単品でヴァイルが胸焼けするぐらい抱え食べするし、好き嫌いない風を装っているのに特に好きな料理が出ると妙に噛み締めて食べるし。
ヴァイルなんかより、ずっとずっと子供だ。
でも、驚くほどこわがりで、意外なほど弱々しい。
「おんなじ、だもんね」
彼とて、自分でもおかしいと感じるほどこわがりで、弱いと思う。自覚している。
だから。
そう、だから、決めている。彼女がヴァイルを優しく包んでくれるなら、ヴァイルは彼女を貶す連中をけちょんけちょんにしてやるのだ。
また彼女がもぞもぞ動き出した。
今度は本当に目を覚ますらしく、珍妙な声を上げながら身を捩らせている。ほとんど潰される状態になり、ヴァイルは顔を引っこ抜く。もう、と悪態を吐きつつ彼女の頬を引っ張った。
「こらー、朝、朝だぞ。起きろよこのー」
またも珍妙な声を発し、大事な友人で大切な愛する人は半分目を開ける。遊ぶ? と開口一番に彼女は言う。相変わらず目覚めの第一声は寝ぼけきっていて呆れるしかない。
「はいはい、違うよ。おはよう。今日も王様頑張ろうぜー」
王様頑張ろうー。
羽毛みたいにふわふわ彼女は繰り返して、引き抜いたヴァイルの顔を胸に押しつけてきた。だから苦しいって、ともがくとさすがに目が覚めたらしく慌てて離される。
「低くなったらどうすんだよ。あ、そうする気だったろ、根性悪ー」
鼻が潰れた感じがして指で直しながら、だが、気分は浮ついた。
どちらが王に、王配になっても変わらない。
あの日彼自身そう口にした通り、だ。
二人で助け合って当然。
二人で居ると欠けた部分が綺麗に埋まる気がした。
ごめん、と忙しく瞬く彼女に、思ってヴァイルは笑いかけた。
「うん、根性悪でも大好きだ!」
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ヴァイルは散々「抱えて一人」だったのだから
主人公が散々甘やかせばいいのです。
しかしファンタジーな翼の生え方だと後ろにしか飛べないので
本当に天使はファンタジー素晴らしい。
ヴァイ主は今年も
説明文通り「one's better half, one's other half」と
半身な二人がとんとん拍子に上手くいったり(王道!)、
その筈がちょっとした掛け違えで反転憎悪したり(監禁はごちそうです)、
場合によっては
本当に二人は半身?みたいな感じで
第三者絡んだり(ヴァイル憎悪&他キャラ愛情・友情)、
そんな感じでいきたいです。
半身。いい響きです。大好き。
完全無欠のハッピーエンドでも、バッドエンド入っても、ロマン溢れてます。
バッド入っても敢えて主人公は反転させないのが個人的なジャスティス。
唯一それで困るのはヴァイルが女になるケースがガタ落ちで
可能性50:50に出来ないことです(せっかく未分化なのに!)。