【 注 意 】
・タナッセ愛情B後
・タナッセ視点一人称、だんしん
セレストブルー
切れよく、滑らか。
たった数回の授業でこれ程になるとは、と感嘆と共にタナッセは足を止める。教師の奏でが終わったからだが、正直もうしばらく踊っていたかったと思う。それぐらい、彼女の成長には目を見張るものがあった。彼女の手を取っていて心地よかった。
移動の残滓を見せる黒の絹糸も鮮やかな婚約者は、三度の瞬きののち、薄い表情を笑みに崩す。ちょうど、教師からは見えない角度で。
どうでしたか。
教師に向き直り問う彼女に向けられたのは、相手の驚嘆だ。我が事でもないのに妙に気分が上向くのは、無論婚約者の出来が彼の手柄にもなるとか彼にとっても良く働く故ではない。
では今度はこれをと頼んだ彼女は、褒めちぎる教師が場を去るなり、整った体幹を見せつけながら一回転。腰を曲げ、タナッセを覗き込むようにはにかんだ。
あなたも褒めてくれるだろうか。いや、あなたにこそ、褒めて貰いたい。
「みっ、見上げるな。言ってやるから姿勢を正せ」
一年と待たず頭角を現した彼女は無論飲み込みも早くあるが、当てられた時間のみ学習したとしても結果ははかばかしくないだろうと熱心に自習に励んでいる。「体調も不安定なのに飲食を忘れる程集中なさるのはさすがに。以前のようにはいかないとあの方も重々理解してらっしゃる筈なのに。私が口を挟む資格はないと承知の上ですが、タナッセ様も気をつけて頂ければ……」など彼女の侍従頭に言われたのは記憶に新しい。
褒めたらまた傾倒が激しくならないか不安はある。けれど彼女の実力からすれば、むしろ熱心に湛えたいぐらいだ。
ままよ、とタナッセは一つ肯く。
「前年の研鑽も凄まじかったが……やはりお前はその、こういった部分は本当に強いな。覚えはよいし、打てば響くとはまさにこのことだろうな。だがな、よく聞け。過度な自習はほどほどにしておけ。やる気に充ち満ちているのは伝わってくるが……倒れては元も子もないだろう?」
後半は噛んで含めるように、というよりは最早幼子に言い聞かせる調子になる。
しかし、反応は前半に返った。
強い? 強い! 可愛げがないの聞き間違いではないのか。
「ど、どんな聞き間違いだ!」
反射で叫ぶ。確かに以前、悪感情にまみれていた頃は可愛げのない子供と考えたものだが、今はかつてのがむしゃらさも現在の頑張りも愛おしく思う。彼女の強さであり弱さであるものが、胸を突く。故に、
「莫迦か? いや莫迦だな貴様!」
と続けたが、一向に意に介さない笑顔があの、と言う。
いや、村では出来なければやっぱり片親は、で、じゃあ出来るようになろうと努力すればやっぱり片親は可愛げが、と言われたから。教師や貴族も基本はさすが寵愛者様、だったし、新鮮で驚いたのだ。
ほう、と息を吐いて、彼女は胸を張った。可愛げがない大きさで厭と言う割には、先程の見上げといいまろやかなかたちが姿勢によって他者にどう映るか理解不足である。
さておき、理由はよく分かった。正直いくらかばつの悪さがあり、しばらく言葉に詰まる。沈黙を破ったのは婚約者の、もっと頑張る、という後半が右から左した一言だ。眉を跳ね上げたタナッセはこれから茶の席を設けてじっくり説いて聞かせねばなるまい、と決意した。
彼の内心を知らぬ彼女はまたくるんと一回転。手を差し伸べて可憐な花の笑顔を浮かべた。
もう一回いいだろうか。曲はないけれど、さっきの踊りを。今、あなたのおかげですごく気分が良くて、思い切り身体を動かしたい。
スカートをちんまり掴み小首を傾げる婚約者に、一旦決心を脇に置き彼も手を伸べる。先までの舞は彼にとって心地よいものであったし――第一、あのつまらない褒め言葉で喜んでくれるなど、彼の気分とて最高だったからだ。
取り敢えずは、全て後回し。
だからタナッセは鼻を鳴らしつつも、心の底からの恭しさで白の手指を取る。
ただでも華やかな笑みに、頬の完熟した林檎が乗る。
釣られて笑い、彼は一歩を踏み出した。
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タイトル元ネタ:Coccoの楽曲
仕様上仕方ないのですが、愛情ルートでも踊りたいですや、という願望と、
友情系イベントになりますが『似た者同士』見直していたら書きたくなりました。
疲れたと主人公が返事すれば好友が上がり、
まだいけるラインでもその後の選択肢によっては好愛が上がる。
……どういう選択肢だったかはちょうどいいセーブデータがない(先日掃除してしまった)のですが、とにかく。
タナッセは基本、
主人公が出来る人間か自分より弱い人間と伝わってくる選択肢で好愛上がります。
『見世物芸人』でも芸を成功させると上がるしな。
本当、難儀なキャラ(ゲーム本編)です。
だからこそ、愛情・友情での成長に思わず親指立ててしまうのですが。
下じゃありません、えぇ、ソレもある意味立ってはいますが地面向きに。