いわゆるフリーゲームに関する感想や二次創作メインに投稿しています(2023年現在)。取り扱い作品:『冠を持つ神の手』

2013年9月16日月曜日

【かもかてSS】薔薇、かすみ草にワレモコウ

【 注 意 】
・タナッセ愛情B後
・もう幾つ寝ると契りの日 


 

薔薇、かすみ草にワレモコウ



 あの時。
 好きになってもらえるなんて思ってなかった。
 気持ちを告白したけれど、受け止めてもらえるなんて思えるはずもなかった。
 あの時。
 言いたいだけ口にして去ろうとした彼に、行かないでをこめて好きを訴えたけれど。
 もう伝える機会なんて訪れないだろうと訴えたけれど。
 ずっとずっと、酷い態度を取ってきていたから、罵倒はあっても……ううん、なかったとしても強い拒絶しかありはしないだろうと、自業自得なのにこわくて。
 なのに、顔を赤くして、
 ――――何でも、してやる。
 そう、返してくれた。

          *

 ばたばた。
 私はとてもばたばたしていた。
 タナッセに結婚を申し込まれ舞い上がりながらはいと肯いて、でも残念ながら彼は元といえど王子様で、私も継承権を放棄した身ながら寵愛者ではあり、つまりは婚礼の儀は重要な政治的意味を持つ。幸せなだけでは済まない。
 というわけで、諸処の対応含み、かつそれらを総称して、“ばたばた”。
 タナッセも勿論忙しそうではあるものの、先日の視察で一段落したものか、ここ最近はよく話が出来るしお茶も一緒に飲める。だから、全然へいき。
 今日は昼食を共に出来るということで、にやつく顔面を抑えられないままタナッセの侍従に連れられて部屋を訪ねた。応接間に腰を落ち着けるとすぐに彼は私室から出てきてくれる。
「……顔色があまり良くないな。無理をするなと言ったはずだが……」
 私の顔を見た瞬間、挨拶より何より先に眉根を寄せて目を細めた。調子がまずい自覚はあったから頬紅を差したり工夫したんだけど、早々に割れてしまうなんて。それに、その。どうしてもタナッセと時間を取りたいと無理をしすぎた自覚もまたあった。大慌てで首を何度も横に振る。
 部屋へは帰さないで欲しい。一緒にいさせて欲しい。タナッセと会えることが何よりの薬だ。
「っ!」
 懇願すると、タナッセは仰け反りかねない勢いで息を呑んだ。……そろそろ恋人としての、婚約者としての言動に慣れてはくれないものか。というか、動揺される場合が多すぎて、もう何が原因で激しく狼狽されているか判別不可能です。
 でも、食事だけだ、食後の茶はなしで部屋に戻って休め、と願いは多少聞き入れてもらえた。私が受け入れると彼の中で一旦の決着を見たようで、時折窺う色が視線に混じる以外、食卓は穏やかだった。
 タナッセが読んだ本の感想や解釈の話。私が中庭の散歩で見つけた珍しい草花の話。そんな他愛もない会話を交わしていると、デザートに辿り着くのは一瞬のこと。二人で居ると何をしていてもしていなくても楽しくて幸せで、瞬き程の時間に感じてしまい、なんだか損な気がする。詰まらない相手や嫌な状況は、神殿の鐘が二度は鳴るぐらいの長々しさに感じるのに。
 だけど、残念。自分の不養生のせいで、この砂糖漬けの桃を食べ終わったら部屋に帰らないとならない。考えながら最後のひとかけを未練がましく皿の上に転がして喋っていると、さすがに見咎められてしまう。
「おいこら、むやみに引き延ばそうとするな。早く食べてしまえ」
 意地悪と思うけど、理不尽なのは承知していたから肯いて最後の一口を食べた。花蜜とも蜂蜜ともまるで違う、城に来てから初めての甘味は、こんな時でもとてもおいしかった。
 意趣返し、までの剣呑はないにしろ、食べ終わった私はお茶の時間の代わりに、いつもより一緒で居られる時間が短い代わりに、瞳を閉じて隣の――そう、正面ではなく隣だ、いつ何時私が倒れてもいいようにという配慮らしい――タナッセへと顔を仰向ける。勿論、望むのは口づけ。
 言葉では促さず、私はただ待つ。身体が心臓になったと錯覚する程小うるさい鼓動と、容易く熱くなってしまう頬がどうにも恥ずかしいったらない。
 なんでもしてくれるって言ったのだから、と迫ることはいつだって出来る。口付けに限らず、お茶まで一緒にしたいというのもそう。けど、義務感でされるのは厭だった。もしも義務感だけだったら、罪悪感から発生した義務の心だけだったら、あの日の“本当の婚約”も先日の結婚の申し込みも、絶対にぜったいに受けたりしなかった。
 だから、待つ。
 どうしても唇を重ねてくれないというなら、潔く帰るつもりで待つ。
 心臓がうるさすぎて、おかしなぐらい緊張もあって、時間の経過がさっぱりだ。どうしよう。もう、目を開けて謝って、それで自室に戻るべきなんだろうか。
 焦った私は目より先に唇を開く。
 ごめんなさいの声は、だけど出ない。
 柔らかくて、あたたかい。
 何度目かの、何度されても変わらず嬉しい口付けの感触だった。
 なのに、初めての感触もある。ねっとりして、ざらざらして、唇とは違う芯ある柔らかさを持つものが、口の中に入ってきた。タナッセの舌、だ。それはこっちの舌の表面を、くすぐったさを覚える強さで何度も撫で。繰り返されるうち、下腹の方にまで感覚が伝播して変な気分。
 彼は、上あごも歯列も舌の裏側も――口の中全てを同じように刺激してくる。そのたび、下腹に、ううん、身体の中にくすぐったさが湧き起こり、次第に疼きへ変わっていくのをはっきり感じた。肌表面もぞわぞわしだして、けど悪寒と違って不快感はない。
 身を捩る。不快はないのに切なさが頭のてっぺんから爪先まで満ちみちて、逃げるような動きだっていうのに我慢出来なかった。
「……んっ」
 動かない。動かなかった、身体。いつの間にか、私はタナッセに抱き寄せられていたみたいで、彼の腕が力強くて、半ば胸を押しつける形になってしまう。くぐもった媚び声だけが漏れたのも併せて、酷い羞恥が襲ってくる。
 顔どころか今や全身が熱い。その上初めて覚えた疼きもうねり、身体は彼にぴったりくっついて。
 どうしよう。
 もう、何がなんだか分からない。
 安心と喜びと未知の感覚とが入り乱れ、おかしくなってしまいそう。
 どうしてこんな凄いのするのかと思っても、呼吸のために唇が離される間は本当に息を吸うしか出来ないから訊けず、三度目の機会を私は逃す。
 飲みきれない唾液が鎖骨までをくすぐった頃、ようやく本当に唇が解放された。
 回らない舌でタナッセの名を呼ぶ。荒い息をつく、見たことない表情の彼に、あぁ、と鮮烈な思考が走る。私は女を選んで、彼は男の人なのだ、という、至極当たり前のことを思う。気持ちいいけど、タナッセの好きが感じられて幸せだったけど、どうして今までしたことがない深い口付けをしたのか。そう尋ねたかった気持ちは、今更の自覚にかき消された。
 でも何かを言いたい。
 私はだから、してくれてありがとう、と感謝だけを伝える。タナッセをたくさん感じられて、身体全部がタナッセでいっぱいになって、嬉しい、と。
 な、と彼は大声を上げた。言葉にはならず、
「おま、お前、嬉し……っ! っ!! ななな何、きさっ、ぐっ!」
 と、断片だけが響く。
 やがてつっかえ続けるのにも飽きたのか、彼はわざとらしく大きな嘆息を零すと、眉を浅く立てて顔を近づけてきた。
「あぁもういい。莫迦らしい。私もお前も本当に……本当に愚か者だな。どうしようもない」
 息が掛かりそうな程近い距離で言う台詞じゃないと思う。次の行動が予想出来ないで困惑する私に、タナッセはぼやいた。
「……息もまともに出来ない無体をされ。――それでもお前は、自分は世界一の果報者のような笑顔を見せるのだな。体調も悪い癖に、帰れと言えば不満顔で、譲歩すればやはり笑う」
 もう一度、大げさなため息がある。「もし私がここでまた唇を重ねても、先のように振る舞っても、やはりそうなのか」
 私、すぐに首を縦に振る。何度も振る。顔が近いから大きくは出来ないけど、その分を補うように何度も肯きながら、だって本当に私は幸せ者なのだと訴える。
 気持ちを受け止めてもらえた。
 籠りを終えて出てきてみたら想像していた忙しさはまるでなく、危険からどころか面倒からすら守ってもらえていた。
 怒られても仕方ないぐらい甘えているのに、苦笑しながらもなんてことない風に対応されてしまうこともある。
 好きや愛してるという直截な語で好意を口にしてくれたことはまだないけれど、舌を入れられずとも口付けはいつも甘くて、身を寄せれば私は彼の腕の中にすっぽり収まってしまい安心を覚えて。
 必死になって言葉を重ねていくと、その分タナッセの腕に籠もる力も強いものになっていった。少し痛いぐらいに。でも、気遣いが飛んでしまって好き勝手されるのも、彼の私に対する激しい感情が垣間見れて、やっぱり嬉しくて堪らない。
「もう、いい。あぁもういい黙れ。喋るな。黙って……目を閉じろ」
 耐え難いと言いたげな面の発する上擦った声音の言うとおりにした。
 次にされることが、今度はすぐに分かったから。
 二度目の熱く濡れた感触と、慣れた柔らかな感触が、先程までよりは穏やかに私を絡め取る。
 今でも充分に幸せが満ちているのに、結婚したらどうなってしまうんだろうと脳裏をよぎるけれど、同時に心の底から愚かすぎる願いを思ってしまう。
 あぁもう、タナッセにこのままおかしくされてしまいたい、なんてことを。










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神殿の鐘は確か日に七回鳴るので、
およそ一時間半~二時間のペースでガランゴロンされているんですかね。
いやガランゴロン系の鐘ではない気がしますが。