いわゆるフリーゲームに関する感想や二次創作メインに投稿しています(2023年現在)。取り扱い作品:『冠を持つ神の手』

2013年8月16日金曜日

【かもかてSS】居場所迷子の満ちゆき未来

【 注 意 】
・タナッセ愛情ルート~愛情B後
・タナッセ視点三人称、器はからっぽ




居場所迷子の満ちゆき未来



 何もない部屋。
 こどもの部屋に偽の婚約を持ちかけた折に見た寝室兼居室は、城へ来てふた月しか立っていないとはいえ、何もなさ過ぎた。
 タナッセやヴァイルの部屋に比して手狭であるのは理解が及ぶ。極端に過ぎる環境変化に、出来うる限り母が配慮した形だろうと。二人しかいない侍従が、人の良さそうな老人と物慣れぬ様子の田舎者であるのも、やはり同様なのであろう。
 しかし、それらとこれは違う。応接間はともかく居室の飾り気がないのは所詮一介の農民であった人間の私室なのだからいい、彼自身過剰な装飾を好む質でもなかった。
 問題は、私物の少なさ。
 無理矢理引っ立てられてきたのだ、かつてを懐かしめるようなみすぼらしい品の一つや二つ、あってもおかしくないはずが、まるでない。部屋に住人が一定期間以上住むことでもたらされる匂いが、辛うじて生活臭を漂わせている。
 そういえば、とタナッセは少し前耳にした噂を思い出した。この部屋の主は、中庭で行われる市に、一度も顔を出していないのだ。どこの出し物も城への出店として最低限の程度は備えてあるが、それでも貴族よりは使用人たちに重点を置いた品揃えで、故に嘲りを含めて囁かれていた。市井に親しい寵愛者様には似合いだろうに、と。
 可愛げのない子供。子供のくせに可愛げがない。
 ある日突然お前の額にある痣は神の寵愛の証であり、王たるものの証だと言われ連れて来られて。なのに、城へ戸惑う姿はすぐに消え失せ、半年も立たないうちに御前試合で勝利をもぎ取るわ、舞踏会でも赤っ恥をかかなくなるわ、王座を狙うとのたまうわ。
 可愛げない上に、全く理解出来ない。
 何故あらゆる重圧に素知らぬ顔でいられるか。貴族どもと丁々発止やってのけるか。空っぽの部屋を見て、分からないと感じていた相手の不理解がまた増えたと、密かに嘆息した。
 だが、都合良くはあった。
 地位を欲するなら、五ヶ月は短すぎる。辺境の田舎村出身にそぐわないずる賢さは、なにがしかの助力は入り用と考えるはずだ。同じように野心があるふりをして、だから味方をすると嘘を付く。油断をさせる。そうして――――。
 考えながら、タナッセは輝く徴を額に戴くこどもに目を向ける。呼び出しに応えたこどもは、考えの読めない重たげな瞼を見せながら彼の斜め後ろを不用意にも一人で付いてくる。前髪はいつも選定印を隠すように整えられており、動作の加減で僅かに輝きを滲ませるだけだ。王になると宣言した割に、垂らしたそれを上げるなり印を晒す気はないらしかった。
 優れた能力の持ち主にして、頑健な身体の保持者である存在。
 神の愛を一身に受ける者。
 人の手でどうにかなるものだと魔術師は彼に囁きかけた。そして彼は実行すべく布石を打っている。だが、フードの魔術師が言うように、印を奪い、自身の身に顕現させたい訳ではない。持つ従弟へ、こどもへ、嫉妬がないとは最早決して断言出来やしないが、無邪気に欲っする思いは失せて久しい。
 儀式を執り行って得たいのは、別の結果だ。
 散々印に苦しめられてきた、という意味ではヴァイルも無論考えないではなかったが、同時に彼が大切な父親と最後に交わしていた約束もタナッセはよく知っていた。それに、あれが寵愛者である、というのはまだ納得がいく。
 相応しくなくて、何故居るのか考えれば考える程懸念しか浮かばない不気味な二人目。
 ちょうどいい。
 全く都合が良すぎる。
 思考が一段落した頃、目的の場所に辿り着いた。タナッセは中庭の、昼なお暗いそこでこどもに向き直り、場違いな爽やかを鼻腔に届ける深緑の香りを感じながら、持ちかける。一方的で、真を見せない。そんな契約であり、取引であるものを。

          *

 何もない部屋。
 空っぽの部屋。
 三度目だったろうか。舞踏会へ出たがらないこどもを引きずっていくべく訪れたのが二度目だったはずだった、タナッセがその部屋に足を踏み入れたのは。あの時、いくつもの不快を重ねたがための腹立ちを抱えて訪ったものが、どうしたことか、今は疑問ばかりを抱えている。
 いや、どうしたことか、など白々しい。彼は己の思考の欺瞞を内心鼻で笑った。
 疑問はいくつもある。
 何故告発しないのか。
 何故二人きりの会話が叶うのか。
 何故。
 何故、怒るでも詰るでもなく。
 眉尻を下げ、疲労に染まった瞳を静かに向けているだけなのか。
 飾り気なく私物もない部屋で、起こした上半身を背後のクッションに預けたこどもは、浮いて見えた。最近では服に着られることもないぐらいに貴人らしさに身を浸していたのに、飾り気はないが贅を凝らした部屋で、来たばかりの時分と大差ない様の室内で、居心地悪げにすら見える。
 タナッセはひどく困ってしまって、道すがら並べていた台詞の全てを忘れてしまった。疑問をぶつけるのは勿論、何より謝罪をせねばなるまいと決めていたはずだったが、言うべきは全て飛んだ。
 ようよう出たのは、決まり悪げな響きを帯びた訥々とした一言。内容はといえば、開口一番に似つかわしくない憎まれ口の類。
 ――――間抜け面を拝みに来てやった。
 さすがに下がりきった眉も立てられるだろうと覚悟しても、タナッセを更に困らせる反応が返ってきてしまう。こどもはただ、無言で僅かに首を傾げたのだ。それ以上は何もない。どうにも読めない態度に、彼の口からは、道中用意していた言葉たちがもっと不揃いな配列で垂れ流され始めた。
 いっそ見苦しい有り様と、それでも投げるべきは投げたという思いでタナッセは腰を上げる。まくし立ての最中、こどもはやはり無言で――時には掠れ気味の短い音を相槌として零しただけで、怒り出しはしなかった。まして泣くこともなく、困惑にも似た曖昧な色を面に刷いて首を傾げるのみ。
 もう一人の寵愛者とやらは、最後の最後まで訳の分からない、けれど彼の危惧など誇大妄想であるかのような、三つ年下の、ただの小さな子供だった。
 思いながら扉に向かった彼へ、出し抜けに放たれた、高くも低くもない声音。
 理解出来ない理解ならないと思い続けた子供からの、とっておきの理解不能。
 可愛げのない子供の、自室が場違いそうな子供の、莫迦莫迦しい一つの告白。
 荒唐無稽なその言葉が心の深いところへ落ちていく感覚を、確かにタナッセは感じた。

          *

 何もない部屋。
 空っぽの部屋。
 寂しい、部屋。
 その中央に、一人の女性が立っている。立って、部屋に訪れた彼を見上げている。小首を傾げ、頬を朱にした彼女は、その伏し目がちな黒の瞳にタナッセを映し込む。
 映した次の瞬間、表情が柔らかく笑み崩れた。肩の力を抜いた笑みが、久しぶり、会いたかった、と口にした。
 子供の時分と何が大きく変わったわけでもない。部屋に籠っていたため肌は白くなったし、黒の髪は長く伸びたけれど、顔の造作に大差はない。だが、僅かな差異が与える印象を異なるものにしていた。
 元より、個々のパーツ自体がまずいものでも配置に問題あるわけでもなく、さりとて美貌として言わしめる程でもない、いわゆる「整った顔立ち」ではあった。あったものの、成人した今、やけに綺麗に感じる。未分化の頃から目を引くこどもで、母に所領の相談をした際、茶化す調子で気をつけてやれよと言われてはいたが、こうも華ある存在になるとは。
 彼の喉が脳内に渦巻くどんな言葉も、胸中に渦巻くどんな感情も告げることが出来ずいると、なんて顔をしているのかと問う声が小さな唇から発される。
 ほとんど何も変わっていなくてがっかりしたのか。ヴァイルは早速騒がれているようで、実際格好良く成長したけれど、私は背も伸びていないし顔も相変わらずだし。
 顎を引いた上目に、タナッセは反射的に違うと口走っていた。
 違う、そんなことはない、と。
 強くなった語気への驚きからか、彼女は無言で目を真ん丸にして身を竦めるように両腕折り曲げ身に寄せた。自然、強調される部分があったが、彼は咳払い一つでその二つを意識から払う。
 そうしてようやく、言いたかったことを伝える。
 思ったより調子が良さそうで良かったとか、決して見目悪くないというかむしろ逆だと思って構わないとか、すまなかったとか。
 苦笑と、頬の苺色、半眼がそれぞれ返ってきた。
 次いで、もう、と眉を浅く立てた吐息があり。
 紅色の可愛らしい仕立てのドレスが前方に揺れ。
 気付けば、彼女は扉近くで立ち尽くしていたタナッセの眼前に居て。
 鏡石のような黒目には他愛ない悪事を思いついた色を持ち。
 頬を色濃く染めたまま、彼女は彼の身体に自身のそれをくっつけてきた。
 う、と詰まった音を喉で鳴らすだけの無様な彼に、もうごめんなさいはいらない、と拗ねる声色が顔を擦り付けてくる。そんなことより話をしようと言う。タナッセと話したいこともやりたいことも、たくさんあるのだから、面白くないことに時間を割くのは勿体ない、と。
 中空に浮いて行き場をなくしていたタナッセの両手が更に奇怪な動きを取った。少しだけ曲げられた形で固まっていただけだった手指は、そのままの形状で僅かに開閉を繰り返す。
 無言の彼に、けれど気にせず彼女の言葉は紡がれていく。
 すごい、これからの記憶には、思い出には、タナッセがいつもいるんだ。タナッセでいっぱいになっていくんだ、素敵。
 そこで、胸に埋められていた顔が上向いた。眉も上下の瞼も唇も、いずれも弧を描いている。喜ぶ声と併せ、既に許容量を超えかけていた彼の脳は白色を選択してしまう。故に、無意識の挙動である。委ねるように寄せられた細い身体を抱きしめてしまったのは。細くも柔らかな感触で即座に我を取り戻したが、満面の笑顔で幸せを訴えられては引き剥がすこともかなわない。可愛げがないの不気味だのほざいたのはどこの誰なのか。
 時間は空いているだろうか、と晴れた日の湖面を思わせる瞳が見つめてくる。今日は一日空けてあると肯いた。事前に籠り明けの日は知れていたから、予定を調整して調節してようよう拵えた「休日」である。
 やった、タナッセ大好き。
 言って彼女は自身に沿うように曲げていた腕を彼の背に回し、一層身を寄せてきた。
 真っ直ぐ歓喜をぶつけてくる姿に知らずタナッセは相好を崩す。彼女風に言うならば、今日は長く会えなかった彼女でいっぱいになるための、タナッセのための日でもあるが、喜ばれれば当然彼とて嬉しくなる。
 答えるように彼女の背を抱き寄せる腕により力を込めると、ころころと明るい笑い声がタナッセの耳朶を打った。










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趣味として書籍があるわけでなく、
憧憬として地図があるわけでもない。
[me]は何を飾るとしよう。

→[1]じゃあ拙者、今度タナッセぐるみを大小取り混ぜて作って飾るで御座りますよ。
 [2]特に不便を被った経験はありませんので、[主人公]、不要と判断します。
 [3]本をバンして平手バチンで地下湖にバシャンさね、デリカシーのない。

タナッセ「どれも駄目だ!!」



別のSS(小ネタ)末尾でも書きましたが、
ヴァイル:犬のように見せかけて猫
 (明るく人懐こく親しみやすいけど実際は色々気難しいにゃんこ)
主人公 :猫のように見せかけて犬
 (感情薄め系ツンに見せて実際は色々分かりやすい従順系わんこ)
という感じでイメージしています。
主人公には趣味でうさぎ要素が混じりますが。無言デレ挙動。
ヴァイルにはウォンバット要素が。撫でられないと鬱るんです。