いわゆるフリーゲームに関する感想や二次創作メインに投稿しています(2015年現在)。取り扱い作品:『冠を持つ神の手』

2013年8月14日水曜日

【かもかてSS】晴れて明らか、その空に

【 注 意 】
・タナッセ愛情B後
・かつては遠く、彼の腕は望む場所





晴れて明らか、その空に



 互いに唇を何度も軽く触れ合わせていたさなか、ふとタナッセが朱色の頬を天に向けた。
 離れる気配に瞼を開く私の目に映るのは、アネキウスの寝姿に照らされた露台だ。白の月に入ったばかりだから、まだ先月の黒色を残していて、でも十二分に明るい。
 脈絡のない行動の意味が分からない。なので、まず同じようにした。
 広がっているのは何も変わらない夜空。いつも通り月は真円に煌きを持ち、神の国の住人たちの小さな輝きが点在している。……私もいずれ、行かなければならない場所。
 タナッセの腕の中で満ちていた幸せが僅かに欠けてしまった気がして、彼の肩近くに当てていた両てのひらを拳に変えた。そのまま打ち付けてやろうかと乱暴を思ったけれど、思いとどまる。さすがに怒られるだろうし、そうしたら、この空気が本当に壊れてしまう。嫌だと思ったから平手で彼のことを叩くことにした。
 八つ当たりと私のほうを見て欲しいの文句。
 二つをてのひらに込めてそうすると、困惑を浮かべた彼は遠い何処かを見詰めるのはやめて私を見下ろしてくれる。
「どうした。叩かれる謂れはないぞ。というか人を叩くのはやめろ、痛……くはないが、まるで訳が分からん」
 口付けの最中に余所向くタナッセも悪いと返してやる。それは、と眉をひそめた彼は何故か頬を一層赤くして、私の額を――印を、撫でた。くすぐったいような、もっと深い場所が疼くような感覚。
 弱いのを知っているくせに何をするのかと半眼になるこっちに、
「あ、ああ、すまない。いや……その、よく考え、なくともだな、お前は寵愛者で、眠っているとはいえ遮るものもなく、だから神の真下ですることかと……」
 先細って行った声に、ん、と喉が鳴った。考えたことない。なかったです、それ。だってアネキウスはいつでも空にある。貴人の傍らに側仕えがくっついて離れないの同様、気にすることではないというか、子供の時分に気にしたとしても段々気にならなくなってくるようなことだ。私は、侍従がいつでもべったりは慣れないけど。
 とにかく、タナッセがそんなの考えるなんて思わなかった。
 莫迦にする意図はまるでなかったのに、なんだか面白くて笑ってしまう。今度こそ怒られるかと身構えたけど、返ってきたのはただ呆れの声色。
「全く、お前らしいな。怖くもないむくれ顔で痛くもない平手で打ってくるなどするし、本当にお前はか……いや、違う、寛大だ」
 言い換えた言葉の続きを求めかけ、すぐさま継がれた言葉に私は首を傾げざるを得ない。寛大?
「他に形容しようがない。何をしたわけでもない子供に辛く当たった私を赦し、その私と己が神の元で先のような行為に及ぶのも気にしない。私なんぞと親しくして、神に愛想尽かされたらとか思い巡らせないのか」
 今更じゃないかとより首が傾く。月どころか太陽が燦々と輝く日中に、今までもずっと色々していたし……そう、屋外で口付けを交わし合った経験もあるのに。
 だから、どうして?と。問えば良かったのだろうと思う。
 でも、反発がまず頭をもたげた。
 いつか、いつの日か、あなたと別れて神の元に行くにしても、今こうして私を所有しているのはタナッセで、アネキウスじゃない。
 かみさま。優しくない、祈っても応えはなく願っても答えてはくれない神様。
 それとも、タナッセと引き合わせてくれたのが寵愛者へのえこ贔屓だとでも言うのだろうか。もしそうだったら虫が良すぎる。
 散々酷い環境に放ってた癖に。
 あんな場所、望んでなかった。
 母さんの死、望んでなかった。
 私一人で看取ること、どれだけ苦痛だったか。
 随分経ったのに生々しい記憶に胸が締め付けられて、タナッセの胸に顔を埋めた。埋めて、首を横に振る。内心のせいで震えないようにしながら訴えた。
 だから、と。
 別に、見ていればいい。
 見せつけてしまいたい。
 愛想なら尽かせばいい。
 がんぜない子供のようだと自重する自分もいたけれど、
「……そうか」
 タナッセのてのひらが、思いの外、強い語調になった私の背を撫でさすってくれる。夜着は薄い。まるで肌に触れられている錯覚さえあり、ほ、と抜けた息が漏れてしまった。昔、母さんを助けていかないと守っていかないと、とあんなに気張っていたはずが、今、こんなに容易く彼の腕の中で気を抜いてしまう。弱音を吐いてしまう。
 囁くように名前が呼ばれた。何かと促すと、彼は訥々と語りだす。
「今更とお前は感じたかもしれないがな、私はずっと考えていた。いや、考えてしまう、かな。もっと相応しい誰かが居るのではないかと、共に居れば居るほど、お前を知れば知るほど。私には、勿体なさ過ぎる。…………あまりに無防備に、その、お前が口付けを受けているからな、そんな詰まらないことがよぎった。寄りによって月はまだ黒を色濃く残しているし」
 吐息した彼は常より低い響きで続ける。「悪かった。どうにも私はお前に厭な思いをさせる。それも、往々にして自分勝手な思いで」
 あ、と音が一つまろび出た。違うのに。
 そっちに思考をやって欲しくなんてないから、私は慌てて顔を上げる。タナッセと目を合わせる。眉根を強く寄せた彼に、きっぱり言った。
 今のは私が変に子供じみた言動を見せただけだし、心の中にそういう思いを押し隠して一人疲れられたら妻としての立場がないじゃないか、悩んでいることがあるならこれからは積極的に教えて欲しい、と。
 子供の頃のタナッセとの交流では色んなものを気付けて、今は居場所を貰えて、幸せも感じられて、領地の運営だってあなたばかりが大変で私は自由をいっぱい謳歌出来て――与えてもらってばかりだから、少しくらいは何かしたい、と。
 真面目な気持ちだ。
 大切なものをたくさんくれたひとが、大変な何かしらを抱えていたら、助けたい。解決出来れば尚いいだろう。
 感謝がどれほどであるか。
 自分への良い感情に鈍い彼は、全く困ったことだけど、分かっていないに違いない。
 そう、だからとても真面目、だったのだけれど。
 タナッセの頬の、薄れ始めていた赤色。伝えた瞬間色濃くなった。濃くなって、なのに眉根はますます寄って。引き結ばれていた唇はというと、言葉も音も発しないのに開かれ。驚きにも呆れにも……照れにも映る表情だ。状況にそぐわない気がすると問い尋ねる口の動きは、彼へ疑問するに至らない。
 上体が僅かに後方へ反る。
 抱擁の常のごとくタナッセへ預けきっていた私の身体は自分の意思を離れ、抱きとめるひとの腕の動きに簡単に釣られていた。そして、彼を見上げていた頭はより上向き、塞がれてしまう。
 唇と唇が隙間なく重ね合わされた。少し前までの触れ合いとはまるで違う、押し付けるような強さがある。
 急な動作に開いた口には、濡れた何かが探るような動きながらも強引に入り込む。柔らかさと、ざらつきと、ぬめるような湿り気――舌だ、これ。こっちの舌の上にも下にも、感触を味わうような彼のそれが這わされていく。
 深い口付けの経験は、ある。でもそれらは寝台の上、夜の出来事であって、えっと今は夜だけど、じゃぁ問題じゃない? 違う、そこが問題じゃない。
 つまり、歩哨の衛士に目撃されるかもしれない露台で、なんて。
 しかも、彼の懸念事項の真下で、なんて。
 その上、何事につけても概ね己の取り決めた手順を守るタナッセが、無理矢理、なんて。
 最後は私の子供だった時分に一度あったものの、平時の彼らしい行動ではないから驚いてしまい、ただ忙しく瞬きながら翻弄されるだけだ。
 タナッセは深く舌を絡め合わせてくる。舌先で上顎や歯列をなぞって、舌全体で扱くようにこっちの舌を弄ぶようにしてくる。私の甘ったるい声がうるさく喉奥から上がっているのに。いつもは凄くこっちの反応を気にしているふうなのに。
 顔が熱い。頭も沸騰しそうで、首から下だって火照って仕方なかった。
 初めて唇を触れ合わせた日を私は思い出す。何でもしてやると言ってくれたのに逃げ続けてばかりだったずるい彼が、どうしてなのか唇を押し付けて来た日。一瞬だけだったあたたかさが、ひどく嬉しかったのをはっきり思い出せる。
 どうして今、急にこんなことされているのか。またも理由が知れないけれど、だから私は甘んじて受け入れる。息苦しさも全身に渦巻く熱も、全部脇に置いておく。
 時間の経過はあやふや。とても長い間まさぐられていたのかもしれないし、熱が全身に行き渡ってすぐ離されたのかも。とにかく、お互い頬どころか首まで熱くして、いつの間にか私とタナッセは向き合っていた。
 言いたいことはたっぷりある。でも、もう何をどこからどう言えばいいのか、さっぱり。辛うじて出来るのは、無言でタナッセを見上げるだけだ。
「な、何か喋れ!」
 沈黙は降りた瞬間破られた。私ではなく、タナッセの声によって。以前とは真逆を告げられて思わず笑みが浮かんでしまう。
「…………っ! …………、ぐ」
 口の開閉が繰り返され、結局出たのは詰まる音一つ。
 何がいい、と尋ねてみた。何を喋ったらいい、と。
 すると視線を何度か左右に彷徨わせてのち、唐突にタナッセは肩を落とす。
「……あぁ、分かっている。分かっているさ。喋らねばならんのは私のほうだ。その……なんだ、頼むから、いきなりああいった話をするな。しないでくれ。されると困る」
 口付け直前にくっちゃべってた私の話って、ただの謝罪と要求だけだと思うんだけど。一人合点までする彼に首を傾げると吐息があって、
「どこがただの、だ。いや、だからこそ私には勿体ないのか……」
 また言い出したと眉が中央に集まる感覚を得る。タナッセはもっと自信を持っていいと思うのに、あれは互いに問題があったのだから先に手を出したとはいえあなたが贖罪だなんだ考える必要ないと言ってるのに、頑固なんだから。
 まぁ、私だって何度も繰り返し伝えるから、いいけども。
 内心拗ねる私に彼が説いて聴かせる口調で、いいか、と名前を読んだ。
「確かに了承も取らず一方的に……し、舌、を入れたのは悪かった」
 別に構わないけど、黙って言葉の続きを聞くことにする。「だが、だがな、お前も先程のようなかわ……寛大に過ぎることを言うのは非常にまずい。良くない。反省しろ」
 論理の飛躍が目に見えてあった気がするので、さすがに反論を入れた。言い掛けた単語に関しては今回も不問に処す。下手に突っ込んだら口を閉ざしかねないし。けれどタナッセにとっては十分だったらしく、そっちにだけ異論を唱えても閉口してしまったものだから、全くもうと口を尖らせるしかない。
「だ、だから……! …………っ、しし、したくなるだろうが。というかしてしまったろうがっ。駄目だ駄目だ駄目だ、あんな莫迦を言うだけならまだしも笑うな拗ねるな上目遣いもするな!」
 無理難題を、という感想が頭をよぎる。でも、一番に言いたいことじゃないから、私の突き出されていた唇は力を抜いた。口の両端が吊り上がる。狙ったわけではないものの、と禁じられた上目で、ねぇとタナッセに問うてみる。
 つまり。
 さっきの私の言葉は、タナッセにとって大きな意味を持ってくれた。そう捉えていいんだろうか。
 果たして答えは肯きで返った。視線は少しだけ反らされていても、背中に回された腕のあたたかみはそのままある。無言であっても離されはしない。堪えきれない小さな笑い声を上げながら私は彼の広い胸に再度顔を埋め、前言を一つばかり撤回することにした。
 やっぱりえこ贔屓だ、タナッセと出会えたのは。
 口にしつつ、いつもの身を預ける体勢ではなく、自身の腕を彼の背に回して力を込める抱擁をした。力の緩められていた私の背のそれも、応える形で抱きしめ返してくれる。
 うん、本当、そこだけは大間違いだった。哀れで卑しい片親の子だから、なんかじゃない。たとえ始まりは二人目の寵愛者だからだったにしろ、向けられたのが負の感情にしろ、すぐに私という個を見て踏み込んできてくれたひと。嫌いな人間の詩歌であっても、出来が良ければ認めてしまい、憎い相手の死に対してすら躊躇してしまったひと。私には、どっちも出来なかったことを当たり前にするのに、凄さが全然分かってない変なひと。
 そんなタナッセからいかにも素敵な存在であるように扱われると、錯覚してしまいそうになる。自分が真実素晴らしい心根を持っているように感じてしまいそうになる。
 寵愛者なんて名ばかり。私はただの――確かに様々な分野の吸収率は高いかもしれないけど、それだけの、母さんの役に立てないまま母さんに庇われて生き延びただけの、詰まらないただの人に過ぎないっていうのに。
 でも、嬉しくて、幸せで。少しでもタナッセの扱いに応えたいなとは、心の底から思ってる。
 だからタナッセは、とてもとても有難いひと。貴重な経験を、得難い日々をくれるひと。
 恋、口付け、抱き上げられること、繋がり交わること、気を抜いていい毎日――色んな私の初めてすら、山のようにくれる。
 神様のえこ贔屓以外に表現する語句を私は知らない。
 二人で抱きしめ合う頭上には、変わらず夜空がある。
 雲は一つも浮かんでいないけれど、アネキウスには届くはずもない。
 それでも願わずにはいられなくて、空気を震わす音にはしないまま、ある一言を私は囁きかけた。
 タナッセにも言わずにはいられないお願いがあり、こっちははっきり音にする。彼がお願いを履行してくれる気ならすぐさま実行可能なように、自身の顔を上向けた。瞼も伏せる。視界は真っ暗闇に包まれはしたものの、彼の腕の中だから不安は微塵もありはしない。
 衣擦れだけが夜の静寂に響く。密着した身体は彼の躊躇いを帯びた動きを余さず伝えてきた。促しはしないで待とうと決めていたのに、待ち焦がれた唇は勝手にタナッセと動いて喉も追随してしまう。
 一呼吸の間ののち、私の望みは叶えられた。
 他の誰でもなく、タナッセが叶えてくれた。
 瞼を閉じれば月明かりなんて見えはせず、ただただ大好きな人の体温を肌身の感触だけが伝わってくる。ここが私の居たい場所。寵愛者だから神の国なんて、そんなの村とおんなじ。絶対ぜったい行きたくなんかない。
 強く願い、さっきの強引さが嘘のように気遣う柔らかさを持って触れてくる濡れた舌先に、私は自分から舌を絡めていった。










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グラドネーラに神様と呼称される存在はあるだろけれど、
じゃあ果たして神の国があるのかというと、印が神の寵愛の証なのかと同様眉唾のような気もします。
ちなみに主人公は神学はまさしく学問として考え、
神の不在は思ったことがないにしろ、おー神様ーとかは出来ない感じ。
母さんが不幸なまま死んだのは神様的にはアリなのか、そうなのか、へぇ、みたいな。