【 注 意 】
・タナッセ愛情B後
・主人公視点三人称、おあずけされた犬っころの話
真昼 の 薔薇
じっと彼女は自身を見下ろす。
きつく苦しい締め付けが嫌なので、衣装係には我儘を散々言った。ついでに土いじり用に着替える時面倒なので、下のほうはひと動作で脱げるようにして欲しいと訴えて、それはもうはしたないまでの布面積。
今は、名目上女性物に着替え直している最中だが、他の誰かに見られたらまずい肌着類だと改めて思う。無論、その「誰か」に夫は入っていない。見られれば恥ずかしさはあれど、こんな身体でいいのかと思えど、まずいなどとは一片たりとも頭に浮かばないので。
自由。
単純で難しい在り方を、彼女の夫は許してくれている。いくら寵愛者とはいえ――いや、寵愛者であるからこそ、型に嵌まることは重要だ。隙になる。付け込まれる。けれど彼はいくらでも取り返しがつくから気にするなと何度でも言って、彼女を甘やかそうとする。同じような主旨の会話は更に数多くあった。終いには、むしろ彼女のほうが間違っている気がしてつまり、
「……じゆう」
おかしい、と自然半眼になる。こちらに何かしら説いている時の彼の舌は闊達に口内を駆け回り、恋愛沙汰では概ね勝利しかしていない彼女の勝率は大変宜しくない。割合など考えたくないほどに。
首は段々と横に傾いでいく。彼がくれたものは、幸せばかりだ。かつて子供であった時分、半ば土足で心に踏み入られたことすら、常に父なし子のだとかあの母親の子だとか囁かれていた過去からすれば、自分を見直すきっかけになった。自分自身に紗幕を掛けたまま向き合わずいたら、今どうなっていたか考えるだにおそろしい。
なので、いい。負けるのは、それはそれで楽しい。
だが、たまには恋愛においても大負けを喫してみたい。――あの地下湖での口づけや、子供最後の日の横抱きのような不意打ち、そういうものもたまには。
というか。
もっと好きなようにしろと告げる割に、彼は誘ってもしてくれない。結婚してそろそろふた月である。やはり自分の身体に何か不満があるのでは、とか益体もない不安にかられて莫迦莫迦しかった。
だから、彼女は待っていた。
自身を見下ろし、遅いぞと夫が部屋の扉を叩いてくれるのを。
返事をしなければ心配をかけてしまうだろうから、言葉を濁して部屋に入ってもらおうか、と思いながら。
体調を気遣ってばかりの彼に、自由であれとこちらに望むならば、と文句をつけてやろうと、あるいはその先までもを想いながら。
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押し倒されるまであと数分。
どっちがどうでも可。