いわゆるフリーゲームに関する感想や二次創作メインに投稿しています(2023年現在)。取り扱い作品:『冠を持つ神の手』

2013年3月8日金曜日

【かもかて小ネタ】カラフル小径

【 注 意 】
・タナッセ愛情B後と「受取人不在」
・三人称と主人公一人称




カラフル小径



「…………」
 汗をかいていた。
「…………」
 タナッセは無言の圧力に先程から汗をかいていた。
 とうとう堪えきれず、眉根を寄せて圧力の発生源である女性の方へ顔を向ける。が、すぐに眉間の皺はなくなって、無防備なだけの真っ直ぐな視線に言葉も飲み込んでしまう。あまりに突き刺さる視線を発していた割に、怒りなどといった負の感情はまるで宿っておらず、むしろ淡い安堵すら浮かんでいた。
 今日、と彼女は斜め前の執務机から――二人の執務室には便宜的に形容すればL字状に配置されている――声を掛けてくる。
 ヤニエ伯爵からお返事が届いたようだが、そろそろ新刊は出るのだろうか、ディレマトイ先生。
「あ、ああ。……しかしお前、いつ新作が出るか気にするほど私の詩の熱心な読者だったか?」
 ちなみに感想を言われた試しはない。タナッセから避けているためである。故にこの問いは卑怯でもあったのだが、妻は小首を傾げてはにかんだ。
 また別の形でタナッセに触れている感じがして、好きというか、上手く言えないのだが、幸せだ。
 感情のうねりに抗すように彼は唇を引き結び拳を握り込んだ。タナッセの育ちの良さが救ったが、出来るならば彼は机に突っ伏したかった。いち詩人としては詩そのもののみで評価されない事実には思うところがあるものの、彼個人としては愛らしい言い様に脳天から矢が突き刺さったような衝撃を覚えている。
 一方。
 幸福で悶絶するなどという器用を行うタナッセに戸惑いの目を向けながら、彼の妻はかつての記憶を思い起こしていた。

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 私は少しばかり迷っていた。
 タナッセが直々に出向き受け取るなどしていた手紙の配達人が、多分お目当ての人物の不在に落ち着かなそうで居たからだ。正直、弱みが握れるのではないかと思う。継承権がなくとも王子という貴人である奴が、側仕えにさせず直接受け取っているなんて、怪しいったらない。動向が怪しいという噂も耳にしているし、不審な動向への示唆を得ることが出来るかもしれなかった。
 足を踏み出しかけ、けれど止まる。
 今回も分厚いなと、脳裏をよぎる。
 先月もやはり分厚かったのだが、……例えばもう一人の継承者――私のことだ――へ何某かのもくろみをして外部と連絡を取り合っているのだとして、ああも重そうな手紙を定期的に遣り取りする必要はあるのだろうか。別段奴は外出を極端に制限されているでなし、相手がフィアカントに赴いて直接話し合っても良さそうだ。もしそれで見つかる程度の協力者なら、計画を実行したとして、ずさんさで失敗が目に見えている。
 僅かな間、思考が止まる。
 けれどすぐ動き、決めた。
 やめよう、本当にただ大切な手紙なのかもしれないし。たとえば父親。離婚してからはいっかな登城してこないとか、タナッセ自身も厭っているとか、下品な噂はいくつもあるが、隠れて遣り取りしていてもおかしくない。詰まらない噂をされているからこそ、と言うべきか。
 とはいえ――時間破りをしないと私ですら知っているタナッセの……律儀を思うと、早く奴が来なかった場合、遣いの子は返ってしまうかもしれない。
 仕方ない。
 門番の衛士たちも気付いていたとして、持ち場を離れられるわけなく、通りがかりの誰かだって、あのタナッセ・ランテ=ヨアマキスにわざわざ伝えに行くものか。
 私がタナッセを探すしかなかった。不本意きわまりないけれど、踵を返して時間通り来ない……来られない理由を考えながら、足早に厭味な王子様の姿を求めるのだった。

 そんなことを百面相中の彼を見ながら私は思い出している。
 思えば遠くに来たものだ。胸の中でとぐろを巻いていた重く苦しい感情は明確に恋心となり、今や名実ともに夫婦。仲睦まじいと言い切ってしまえるぐらい、互いに相手を想っている。
 駄目……我ながら恥ずかしい。
 首を勢いよく振り、仕事の手が止まってしまっている彼の元に歩いていく。ちなみに、私の仕事はもうおしまい。軽く散歩をしたら中庭で彼の休息時間を待ち共に茶を飲むのが日課なのだが、その前に停止状態を解かないといけないだろう。
 えぇと、と考えつつ言葉を紡ぐ。身を寄せて、日常の他愛ない約束を取り付ける。
 今日もお茶を一緒にするのを楽しみにしているから、待ってるから、中庭に来て欲しい。先に行っている。
「なな、何故必要以上に顔を近づける!」
 復活したけれど怒られた。夫婦なのだし肩が触れ合うくらいの近さでも問題ないと思うのに、理不尽だ。でも、どうやら私の先程の発言は彼にとって複雑な一言だったようだから、今度はこちらが引く番だろう。謝って出口へ小走りする。
「あ――」
 存外大きな一音があった。扉に手を掛けた体勢で顔だけ振り向くと、照れたようなタナッセが口を幾度も開いては閉じしている。ややあって、
「……待っていろ、すぐに行く」
 やけにきっぱりした声音が響いた。
 私は釣られて笑顔になって、肯く。
 今日は大層うららかな日和。たまには外でお茶会もいいかもしれない。










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タイトル元ネタは……某イーストな方向の。
あちらの二次ジャンル規模的に少々ぼかしておきます。

本編で手紙を盗み見しまくりの主人公ですが、
憎悪系はさておき、愛情・友情系は切羽詰まってると
解釈も可能なため、嫌いではないです。
双子の手紙オールでっち上げしなければどうにもならないあの感じ。