いわゆるフリーゲームに関する感想や二次創作メインに投稿しています(2015年現在)。取り扱い作品:『冠を持つ神の手』

2013年2月9日土曜日

【かもかてSS】M.helena

【 注 意 】
・タナッセ友情A告白済みルート
・タナッセ視点三人称



M. helena



 露台の風は心地よい。
 人の熱気で息苦しい大広間の空気とは異なり、湖がもたらす清涼さがあった。
 タナッセは衛士たちの死角に立ちながら景色を眺めていたが、彼の名を呼ばう女性の声に振り返る。微笑む女性は文官見習いで、貴族位など持たない彼の友人だったが――今代二人目の寵愛者でもあった。
 舞踏会を抜けだしてきた彼女は、振り向いたタナッセが立ち去ろうとするのをその胸に飛び込むことで止めてしまう。見上げる瞳には包み隠さぬ熱があり、彼は赤くなる己の頬を誤魔化すように大きく嘆息した。
 先日から、彼女はまるで容赦がない。

          *

 六代国王の子供不要の発言が大人になっても翻らない事実が浸透すると、当たり前のように今一人の寵愛者への婚姻の申し出が苛烈さを増した。明確な申し出であれば、こちらも明白な拒絶を突きつけられるのだが。
 継承権を放棄したもう一人の印持ちは、そう彼の目の前でため息をついた。黄の月半ば、タナッセの応接室でのことだった。
 成人前までは高くも低くもない上言い切り系の物言いが多く、男性らしくも女性らしくもあり子供らしく甲高かったヴァイルの喋り調子よりも明確に男性的と言えた口調は、今やしおらしく女性的になっている。ユリリエのような畏まったものではなかったものの、未分化の時分からは想像もつかないほどに隙まみれの甘やかをはらんで響く。高さそのものはまるで変わっていないというのに、だ。
 時折不慣れからだろうこども時代の言葉が出ることもあるが、含めてタナッセは嫌いではなかった。無論、社交の場でしてはならないことなので必ず注意は行う。混ぜっ返されながらも受け取られたり、妙に嬉しげに肯かれたり、そう言うそちらは余程上手く立ち回っているようでと軽い皮肉をやり合ったり、反応は様々だ。
 そして今回も、疲労が蓄積している様子で言葉も乱れていた。常通り機知に富んだ忠告をしても良かったのだが、彼は机上の茶菓子を寄せてやることにする。白の指が一つ摘んで削るように食べていく。削り囓る動作は昔品がないと言ってやったものだが、今はやけに愛らしく感じられ、全く不思議な話である。ちなみに少しずつすこしずつ時間を掛けて腹に貯めていくと大した量でもないのに満腹になれるらしい。無駄な知識が増えたとタナッセは思う。
 茶で口を湿らせた友人はいかにも詰まらなそうな表情で愚痴を言う。
 肖像画を美化しすぎている書状も何件かあって笑い転げた。脳内で。実際に会ったら幻滅もいいところだろうに、脳に栄養が足らないのだろう、同情する。
 同意しながらタナッセは更に思う。
 素の彼女はともかく。
 対外的にタナッセの親友は、黙っていれば人間大の人形で、口を開けば適度な諧謔と毒で相手を軽く振り回す、と表面上は評判が大変宜しい。
 公明正大である彼の母や、なんだかんだと篭りを終えれば落ち着いたヴァイルですら裏では散々な噂も流れているのだから、城へ来て二年足らずの田舎者としては破格の評価と言えた。加えて、血筋の発現も可能性が高いと目される王の印を戴いている。
 元々、ヴァイルの発言がなかったとしてもいずれ現状の騒ぎが巻き起こるのは目に見えていたはずだ。その辺りを伝えても目の前の女性は小首を傾げ、そんなにお綺麗と言うならどうでもいい相手からの好意より欲しい相手の好意を引きつけるものであって欲しいと拗ねる。タナッセの瞳を真っ直ぐ見る彼女の瞳には、熱があった。
 僅かに詰まりながらも続けて彼は印目当てな奴はいいのかと問う。更に拗ねるかと思ったが、返ってきたのは、毒をまぶしながらも力ない呟きだった。
 比較の天秤に乗せることすら躊躇う下種だからはなから論外。
 眉の下がった笑いに失言を悟るが、出た言葉は彼に戻らないし親友の中から消えはしない。在りし日に受けたヤニエ師の忠告や、前の一年彼女に受けた恩が瞬間頭を駆け巡る。先より覇気のない表情で、菓子をまた動物のように削り食べる彼女に何を言うべきか。
 タナッセが悩んでいる間に困り顔の彼女が動いた。
 ごめんなさい、タナッセも似た扱いを私より長くされているのに自分だけが大変だみたいな言い方をした。今まで通り頑張ってあしらうから。
 明らかな強がりでは騙されてやることも難しく、おい、と彼は反射で声を掛けてしまう。急な環境の変化に惑いながらも酷い態度の彼へめげずに話しかけていた親友は存外参っている様子で、ここで何も出来ないのはさすがに数多の恩を受けた身としても先人としても不甲斐なさ過ぎる。
 だが、言うべき内容はまるで思いつかなかった。結婚を望む連中の内訳もよく分からないまま、お前自身を大切してくれ、お前も大切に思える奴もいるだろうとお為ごかしを言っても仕方がない。告白を断った身としては一部無神経に過ぎる部分もあるのだし。
 彼女が彼だった頃、一度泣かせた経験があるが、あの日もその一歩手前だろう顔をさせた。こどもは何事もなかったように次の休みには顔を出してきたが、熱い視線を今でも向けられ、ならばタナッセが去った後本当は涙を零していたかも知れず――二度も泣かせたことになる。
 これ以上は間違っても傷つけたくなどないし、政略結婚で不幸せな彼女など想像さえもしたくない。しかし、前者はよく失敗する。したばかりだ。後者は、……今までは要領よく立ち回って婚姻の申し出を退けていたらしいが、貴族ではなく母の後ろ盾もなくなった一文官見習いではいつまで可能か。しかも既に疲労を強く覚えている様子だ。そしていつかは恩を返したいと思っているタナッセも、今や王子ではなくなり、立場としては大きな差がない。頭の痛い話だった。
 なんて顔をしているのか。
 親友は更に情けない顔でタナッセに声を掛けてきた。また一人で袋小路の思考に浸っていたんだろうとそのままの顔で小さく笑った。笑って、ほら今度はそちらの話も少しはしろ、落ち込んだ友人を楽しませるような話を、と促す。
 何も言えないのであれば、話題を引きずるよりは促されたとおり関係のない新たな話題に持って行く方が幾分マシだ。
 タナッセは唇を湿らせて、近況報告を始めた。
 何が楽しいのか、彼女はすぐに笑顔になる。喜ばしい話では満面に笑みを浮かべ、愚痴を言えば同調されたり哀しげになったり、あるいは怒りもする。聞き上手な彼女につられて随分時間が経ってしまう。
 そろそろ部屋に戻らないと、と彼女は肩をすくめた。
 もっと話を聞きたかったが、残念。
 全く何が楽しいのか、とタナッセは再度思いつつも応接間の扉まで出て行く彼女を見送る。扉の前に来た時、相変わらず低い視線が振り返って上向いた。思わぬ彼女の動きのせいでいやに距離が近くなり、しかも急な停止に身体が付いていかず、タナッセの両手は扉に押しつける形を取ってしまう。彼の影が彼女の全身を染める中、化粧をせずとも紅い唇が呟きに動いた。
 私の話に戻るけど。私はタナッセがいい。
 タナッセでなければいやだ。
 タナッセじゃないと――幸せに、なれない。
 何か言わねばと思った。だが、耳を澄まさねば届かず消えてしまう言葉たちは、切実な響きを帯びており、タナッセは押し黙らざるを得ない。
 あの時は。
 かつて、別の言葉で告白を受けた時は、無能で人望もない王子と着々と居場所を得つつある才能ある寵愛者の釣りあわなさを賢いこどもに訴え、引かせた。第一、見知らぬ場所と人間関係に不安を覚えたこどもが数少ない知り合いへの親しみを勘違いしただけだ。正しく恋愛関係を誰かと結べた方が望ましい筈と考えた。
 だが、彼女は今震えるか細さで言い募った。
 これ以上は間違っても傷つけたくなどないと、そう思ったのだ。
 だから、彼女がタナッセに身を寄せ、背伸びをし、唇を軽く重ねた時も突き放す動きは取れなかった。
 肩に手を置けば未分化の頃露台で踊った時と変わらない頼りなさで、二の腕に手を移せば彼の力でも砕けそうな細さで、……軽くかるく、触れるだけの唇が震えていたと気付いたせいでも、ある。
 柔らかなあたたかさが自分から離れるまで、タナッセは自身の中にある不明の感覚が何に根差しているか、問うていた。
 その感覚は前年の黄の月、露台で親友と思っていた相手と踊った際にも覚えた感覚だった。

          *

 タナッセに身を預ける身体の手を取る。小さなてのひらはレースの手袋に覆われていたが、それでもうっすら汗ばんでいることが分かった。
 覚えているかと彼が尋ねると、何をと返される。言うまでもなく、かつて露台で踊った記憶だ。
 前年の同じ日に、人目も憚らず追いかけてきたこどもが彼を踊りに誘い――彼に拒絶されるとこどもは今にも泣きそうな頼りない表情になり、結局タナッセはぎこちない踊りを露台の片隅で踊った。こどもに回した腕は、ややもすれば彼より大人びていた印象を裏切る感触。先の表情と同じだ。骨も肉も筋肉もあるはずなのに、驚くほど頼りない。こどもが露台まで追ってくるきっかけとなった大広間でのタナッセの問いにも、らしからぬ甘い回答が返ってきた。
 彼自身理由をつかめない、居心地の悪さに似た感情を覚える。それが気になって、足運びも女性役への誘導もひたすら酷い出来だった。
 タナッセにとっては無様に過ぎる、しかし女性を選んだ目の前の存在は夜目にも明らかなまでに頬を染め上げながらはにかんだ、かつての記憶だ。
 正直、先日の一件以降彼女からは逃げたくて仕方ない。事実避けもした。それでも忙しい合間を縫って彼女は彼をさがしているのだろう、大概な頻度で発見される。
 今日も時間を遵守したい気持ちを抑え、彼女の目につかないよう少し遅れてこっそり舞踏会に参加した、はずだった。なのに、人に囲まれながらも彼女はすぐさまタナッセを見つけ、周囲の人間をうまく捌きながら距離を縮めてきたのだ。話しかけられる前に足早に露台へ逃げ込んだが、あからさまな拒絶の態度に関わらず、やはり追ってきた。
 故に、かつてと今を重ね、確かめてみようとタナッセは彼女の手を取った。幾度か瞬きを繰り返していた彼女だが、小さく息を呑み、彼の望んだ姿勢を取る。かつてと同じように、音楽に合わせ、導くのはタナッセで、音楽を聴き、合わせて動くのが彼女だ。
 あとひと月で、彼女に引き留められた日から一年でもある。
 その日、今よりもう少し小さかったこどもに迷う心を城へ留められた。
 ディットンへ赴かずとも詩作の技量は上がり続け、最近ではヤニエ師からの赤もほとんどない。身分をなくしたこと、かつて数多の噂がなされたヴァイルが結局男を選んだことで、城の諸事の渦中からは外れ、居心地の悪さは減りつつある。幼い日を客観出来るようにもなり始めた。彼女が知りもせず必要としてこなかった知識を一年で必死に詰め込んだように、年が明けてからは不要と近寄らなかった国政にまつわる勉学も行うようになった。
 何もかも、彼女がいなければ分からなかった、気付けなかった、為さなかったことばかりだ。
 そして、あまりに彼を助けてくれるから、すぐ忘れてしまう一つの事実を強く心に浮かべ始めたのも、城に留まったからだ。
 タナッセに合わせてゆっくり身を動かす彼女は――彼女も、彼などの助けを欲する程に、いまだ足取り不確かな存在なのだ、という、ひどく当たり前の事実。
 成人したヴァイルが一気に落ち着いたと知り同じく寵愛者である親友などは更に大人になってしまうのかと思ったものが、篭り明けに少し顔を合わせてみれば、出会った当初の衣装部屋での態度を連想させる様子で居た。おかげで今度は衣装部屋での暴言と真逆の言葉を恥ずかしくも口にしていた。反応もかつてとは正逆で、タナッセは少し救われた気にもなったのだが。
 音楽は終盤にさしかかった。
 終わりきるまでに、彼女というひとへの感情は整理し終えることが出来るのだろうか。
 タナッセは、正面から彼を映す潤んだ瞳に思う。
 それとも、最初からあった答えを、彼女のおかげで今見いだそうとしているだけなのか。
 出て行くはずだった城にタナッセは居残った。
 莫迦げた提案を呑んだのは、果たして逃げる自分を厭っただけなのか、友情だけなのか。
 曲の終わりまで、もう間がない。思考は驚くほど遅々として進まない。
 かつての一年と、今年の一年。
 かつての告白と、先日の告白。
 変わった己の態度も何もかもひっくるめて考える。あと少し、二人が踊っていられるうちに。










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タイトルはヘレナモルフォという青い蝶。

この主人公は最終結果が接待係か文官かのチキンレースだった気もします。
名声何それおいしいの。

あと、質問企画3で口調を意図して変えることが
「かもかて」時代では割と一般的とあったのでそんな感じで。