いわゆるフリーゲームに関する感想や二次創作メインに投稿しています(2023年現在)。取り扱い作品:『冠を持つ神の手』

2013年2月22日金曜日

【かもかて小ネタ】姫早百合の庭

【 注 意 】
・タナッセ愛情ルート確定後のある日
・タナッセ視点三人称




 低俗で生意気で礼儀知らず。
 対応は無視か暴力、そしてごく稀にあるのは無闇に回る口先。
 外見も大概で、子供の可愛げなど微塵も感じられない薄い表情と冷たい双眸。
 知り合う前から憎悪を重ねた相手は、会っても変わらず憎たらしかった。拒絶の、否定の、不理解の――負の感情だけがあった。その筈だった。あの瞬間までそう思っていた。もしこどもが積み重ねてきた印象を打ち砕く愚かきわまりない選択をし、一言を口にしなかったなら、彼らの関係は今でも不毛なままだったろう。
 件のこどもは少し視線を下げ、やはり内面の伺えない表情で回廊を曲がって彼の、タナッセの元へ歩いてきていた。
 周囲に誰の気配もないと確認した上でタナッセは声を掛ける。途端、花の笑顔が彼へ向けられ蜜の響きが名を呼ぶ。未成年相手ではあるが可憐と言うより綺麗な存在だと、陽光に照らされたこどもが彼の元へ小走りにやってくる短い間、見とれた。不覚だと思う程度には理性的だが、近くの客間で休まないかと誘う程度には感情的だ。笑みを濃く深くして、眠たげにも見える伏し気味の黒目が喜びに見開かれると陽光を取り込み貝紫色が混じる。こどもの瞳は濃く深い黒だが、そのせいか光の加減で他の様々な色が浮かび、上質な宝石のようだった。輝きはリリアノやヴァイルに似てよく晴れた日の湖面の強さながらも、二人と異なり相手を射貫く強烈さはない。ただ意思の強さだけを感じる。
 こどもは普段の大人びた様子を引っ込めたあどけなさで申し出を短く肯定し、ぎこちなくタナッセはてのひらを差し伸べた。正直に言えば彼にとって羞恥しか生まない行為だ。だが、こどもはこの上なく喜ぶ。先日の雨の中庭で言われたことだ。
 タナッセが触れてくれると安心出来る、ここに居ていいんだと、居るんだと感じられる。
 故に恥ずかしさを押し殺してこどもの手を待ち、果たして手の上に指先がちんまりと乗った。かつてタナッセの頬を強く叩いた印象と重ならない、随分と白く柔らかくなったそれに、ふと当時の記憶が思い起こされる。叩く直前、ほんの僅か垣間見えた生の表情。泣き出す一歩手前の気配を持った目の見開きと口の引き結び。けれども今浮かべられた表情は正逆で、なのにどちらの顔もおそらく城の中の誰も見たことはないだろう。タナッセ以外の誰も。
 ふわりと両端の持ち上がった唇に、一瞬目が行ってしまう。色々と切羽詰まった挙句唇を重ねてしまった記憶のせいだ。骨の形すら分かる華奢さと対照的なふっくらした感触が、刹那の接触であったにも関わらず、いやに現実味を帯びて思い起こされる。
 溜めても仕方がない、むしろ未分化に対して溜めるべきではない熱をそっと吐息に変えて、タナッセは客間にいざなった。
 というか最大の問題は、とこどものために椅子を引きつつ考える。
 最大の問題は、こどもが、あの時したし私も抵抗しなかったのだから何が問題か分からない、と真顔で返してきそうなことだ。
 未分化相手には口づけすらも本来してはならないと考えているが、変なところで口の回るこども相手では言葉を重ねれば重ねた分だけ泥沼に嵌っていくような気もしている。胸を張ってさも賢いことを言ったと眉を浅く立てて笑んでいる様が目に浮かぶようだ。
 ……最近思うのだが。彼は少し――いやかなり結構、お莫迦な部分がある。しかも自覚はない。まるでない。そしてタナッセにしかお莫迦の部分が向かない。なのでより一層タナッセの側が気をつけてやらなければならなかった。そこがまた年相応で愛らしいとも感じてしまうのは欲目だろうかと彼は吐息する。
 こどもの中においてタナッセは何もかもが特別で、特別に気付くたびタナッセは不可思議な気持ちに包まれた。アネキウスの采配は全く人の身には理解が及ばない。二人目を作ったこともそうだが、その二人目が目の前で茶を飲みながらくつろいでいることも冗談じみていた。薬を盛られたばかりなのに、こどもはなんの警戒もなく飲食している。表情は変わらずにこやか。むしろ幸せの気配が増していた。見ていると思わずタナッセの頬までつられてゆるむ程で、こどもが好みそうなものばかりを用意させた彼としては安堵も覚える。
 年相応、という言葉をまた思い、茶で口を湿らせた。
 出会った当初は正反対の感想しか抱いていなかったものが、変われば変わるものだ。そして、子供らしくあれなかったのだろう村での生活を想像する。タナッセの環境や読んできた書物では限度があったが、それでもなお、気分は平板になっていく。
 タナッセが触れてくれると安心出来る、ここに居ていいんだと、居るんだと感じられる。
 雨降る中こどもが言った言葉も相まって、彼が安心して暮らせる場所を作ってやろうと強く心に誓った。まだ知らせることなどかなわないが、いずれ、必ず連れて行く。こどもが自身の存在を常に疑わず安心しかないひだまりへ、きっと、絶対に。










 姫早百合 の 庭










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オトメユリが正式名称。