いわゆるフリーゲームに関する感想や二次創作メインに投稿しています(2023年現在)。取り扱い作品:『冠を持つ神の手』

2013年1月25日金曜日

【かもかてSS】一万の軌跡

【 注 意 】
・タナッセ愛情B後、篭り明けネタ2度目
・主人公外見描写多し



一万 の 軌跡



          *

 寵愛者が篭りを終えたという連絡があり、タナッセは昼食中にも関わらず反射的に立ち上がっていた。従弟ヴァイルのことではない。比較的長めの篭りになった従弟より更に時間の掛かった、もう一人の寵愛者である――彼の婚約者のことだ。
 とはいえ、まだタナッセは会いに行けない。まずは先代と今代の国王へ篭り明けの挨拶をするのが当然であろうし、彼自身長引く篭りに不安を覚えてはいたものの、実際会える状況となるとどうにも尻込みする。緊張が身を包み始めた頃、彼は自分が銀器を持ったまま立ちすくんでいると気付き、嘆息一つと共に腰を下ろした。

          *

 時間が空くと考えてしまうのは、今や彼女になった彼について、だ。
 篭りの最中にタナッセの心を占めていたのは、おおよそ愚かな己の行為への山のような後悔と、らしからぬ神への祈り。しかし彼女の無事が確定されれば浮かんでくるのは、彼女がこどもだった頃の、……いや、それより以前、もう一人の寵愛者が居ると母リリアノの宣告を耳にした頃からの記憶だった。当時の彼に現状の彼と彼女を見せたとしても、信じはしまい。
 ただの詐欺師だと思った。何故田舎者の額なんぞにと思った。そして今更二人目が出てくる理由を、考えた。
 もう一人が城にやってきてからは、こども自身に対する直接的な嫌悪と憎悪が募っていった。改めて大きな出来事をなぞり直してみれば、あのこどもは基本やられたからやり返しただけだったのだが、しかしタナッセの胸には品のない行為に対する苛立ちと腹立ちだけが積み重なっていった。とにかく、一挙手一投足が勘に障った。
 村暮らしであったこどもが、急にお前の額にあるのは選定印だと言われて慣れぬ環境で暮らし、また学ばねばならない上、そもそも彼女になった彼は母親を亡くした直後だった。一度も脳裏をかすめなかったわけではないが、居心地の悪い環境の下次々結果を見せていくもう一人の寵愛者を気持ち悪いとすら感じた。
 品のない、と感じたはずの平手打ちや本の投げ返しは全て、今の彼にはこう思えるのだが。何もかも、許容量限度付近を行ったり来たりしていたのだろうな、と。
 正直。
 タナッセはまだ婚約者の本心を疑っている。本当に自分でいいのか悩んでいる。何故彼に愛を覚えたか、一度丁寧なまでの説明を受けたが最後にはどうしても、あんな儀式で命も印も奪いかけた男に、という思考へ回帰する。何より、何よりだ。持てる全てを費やして居場所を作ろうとした存在と、怠惰に生きてきた存在は釣り合いが取れなさすぎる。
 タナッセがそうして本日何度目になるかしれない嘆息をした時、来客があると声が掛かり、誇張でなく飛び上がった。

          *

 その立ち姿はローブでほぼ全身が隠れている。だが、侍従頭は誰の訪(おとな)いであるか明言したのでタナッセは迷わず待ちわびた彼女の、婚約者である彼女の名を呼び、脱ぐよう言う。フードで口元辺りまで覆った篭り明けの婚約者は身を竦め、硬い声が答えた。幻滅しないで欲しいと。
「あ、ああ……とにかく室内でそれもないだろう、早くしろ」
 一瞬、彼はある記憶を思い起こし、かつてユリリエに言ったような言葉は間違っても発さないようにしようと口を引き結ぶ。お前は本当に……などと告げた日には泣き出しかねない硬質さが彼女の声音にはあった。促された彼女は胸元のリボンを引きちぎる勢いでほどく。その強さと勢いのまま傍らの椅子に象牙色のローブを投げ捨てた。
 まず見えたのは、中空に散らばる長く黒く柔らかそうな髪。つややかなそれは自然な程度、内向きに巻いている。次いで、出会いからずっと白を増した今は薄紅に染まりきった頬が目につき、けれどすぐ相変わらずの強い煌めきを宿す瞳に目が行った。いつも伏し気味なまぶたも変わらない。だが、縁取る睫毛の長さや揃い方、巻き上がりは以前より華やかで品がいい。人工の風に煽られた髪が肩や背に落ち着けば、口角を下げられた小さく瑞々しい淡紅色が覗く。身長や体は未分化時分と同じだろう程小さく細いが、より円やかに、よりなよやかに成ったし、何より胸のふくらみが大きな変化――と、そこまで思考を至らせてタナッセは気付く。自分の見惚れと、立ちつくしの時間の長さに。加えてまずいのは、いや、一番まずいのは、胸への注視だ。だが更にもう一つ気付いた。伺いの視線が顎を引き気味の顔から向けられていることに、だ。慌てて言葉を探し、
「い、いいんじゃ……その、いや、いいと思う、ぞ」
 出た感想のあまりのつたなさに湧き上がった舌先の苦みを咳払いして、タナッセは言い直した。篭りの前から随分美しいと感じていたが分化してより綺麗になった幻滅なぞするものか莫迦かお前は、とまくしたてて、しかし今度はありきたりに過ぎると頭を抱えた。ついでに羞恥も強かった。第一莫迦はない。だというのに目の前の彼女は肩の力を抜く。良かった、嬉しい、とうっすら涙さえ浮かべ。潤む瞳に我知れずタナッセの喉に強い力がかかったが、理由を考えてはならないと強いて思考を止めた。
「ほ、ほら、……分かったらもう部屋へ戻れ! 篭り明けすぐなのだからな、早く休むといい! それに……お前は特に、事情が事情だからな。……私が言えた義理ではないが」
 彼女は二度首を縦に振ると、別れの挨拶と共に扉へ向かうが、
「……あ」
 と音を零して振り返った。
「どうした?」
 瞳を数度開閉した彼女へ尋ねると、ほのかに頬を染めて控えめな声量が小首を傾げる。今度衣装を作るが、タナッセの肩の薄衣の生地と作った職人が誰か知りたい。
 しかしタナッセには言わんとするところが知れず、真意を問うた。すると今度ははにかんで言う。
 好きな色が違うから全く同じものは無理だけど、お揃いのショールが欲しいのだ、と。
 タナッセが驚きに目を見張った隙に彼女は出て行ってしまい、部屋には口をぽかんと開け顔を赤くした彼が居るだけになった。










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タイトルは『ソララド』から。
どっちのことでも。