いわゆるフリーゲームに関する感想や二次創作メインに投稿しています(2023年現在)。取り扱い作品:『冠を持つ神の手』

2012年12月24日月曜日

【かもかてSS】その距離縮める届きがひとつ

【 注 意 】
・タナッセ愛情B後、タナッセ視点三人称と主人公一人称
・悩みつつ惚気る通常進行、主人公の過去に関する設定出ます



その距離縮める届きがひとつ



 それらを必要な事象であったと、必要な経験であったと、自身の冷静な部分が評するのにまずまるまる一年掛かった。であるなら、感情が冷静の納得を飲み下せるのは更に一年か、二年か。あるいは遙か未来になるのだろうか。
 折に触れてタナッセは考えているが、今のところ答えは出ていない。思考に浸り始めると彼の妻が首を少しずつ傾げはじめ、しまいには肩に頬をつけた体勢のまま、部屋中を右往左往し出すからだが。心配を掛けた分は彼女の身体を抱き上げることで解決する。大概の状況が執務室で書類に目を通しているため、座る彼の脚上に横向きで座らせるような体勢になり、仕事が手に付かなくなるのが問題だ。たとえば彼女は首に腕を回し顔を擦り寄せてくるけれど、まさか無視するわけにもいかない。他にも理由は多々あるが、似たようなものだ。
 大体がだ。彼に甘えてくる彼女を危うく死なせかけたのは他でもないタナッセだった。だというのに彼女は躊躇の二字を感じさせない言動で、以降彼を翻弄している。逆に彼からすればよく分からない状況で彼女の躊躇いは用いられるので、全くびっくり箱のような存在だ。篭り明け直後など女性らしさに欠ける身体な上に重苦しいまぶたなど顔の造作も未分化の頃とあまり変わらない、寵愛者は容姿に恵まれていると聞いたが大概大嘘だ、と嘆いていたが、タナッセは目を奪われて咄嗟に何も言葉を紡げなかった程美しかった。大体胸囲の比較対象がリリアノという時点で間違っている。いつまで経っても田舎の臭い漂う容姿と彼女を罵っていた貴族共まで、姿を見た者は次々押し黙っていった。
 心底思う。全く妻がこうして妻たる現在は奇跡のような偶然と必然が折り重なり、積み上げられた結果だ、と。重なりが僅かにでもずれれば。積み上げが一つでも欠ければ。……その先は想像どころか言葉にしたくすらない。
 今日は思考に沈殿していても甘えと気遣いの混じる声は響かない。声の持ち主が机に突っ伏して寝入っているからだ。本来ならば彼女の、衣服を纏って尚頼りない肩を強く揺さぶってやるべきだろうが、しなかった。出来なかった。朝から今日は調子が優れないと零していた彼女は先程言ったのだ。疲れたから少し眠るが、勝手に寝室に運ばれて一人きりにされたりするのはいやだ、と。だから一日休めと言ったのだがと思いながら同時に自分が朝強硬に反対すべきだったと反省をしたが後の祭りだ。ならばタナッセが今日中に決裁や判断のいるものだけを手早く処理するしかない。最低限を終えたら二人で寝室に篭もる。いかがわしい匂いが混じる言い回しだが、要は侍従に任せずタナッセが彼女の看病を受け持つだけだ。侍従に肌身の汚れを拭われるのは恥ずかしいと以前請われたのでそのようにしている。だが困ったことに、いくらかは国王の判断を仰ぐ必要性があり――つまりは後日王城に出向かねば立ち行かず、考え込んでしまった次第だ。おそらくは風邪を引いたのだろう彼女がこじらせでもしたら、登城が難しい。
 寄せた眉根の中央をほぐすように指を動かして彼は悩みを一旦よそにやる。まずは存外気持ちよさそうな寝顔でいる妻を寝室へ運ばねばならない。

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 不調を覚えるのは勿論愉快ではないけれど、私は少し嬉しさも感じてしまうとタナッセに打ち明けたことがある。こちらの頭に不具合が生じていないか心配されたが。だが事実だ。
 村にいた頃は倒れるまではたらいて、それでも尚呑気に休んではいられなかった。指先は動き目も健常なので、針仕事が割り振られるだけ。母も気にかけてはくれていたが忙しく、付きっきりというわけにはいかない。まあおかげで木の根を掘り返して甘い美味しいなどやらずに済んだので、俯瞰して見れば問題なかったと言い切れるものの、倒れるほどの調子の悪さは容易に不安の感情と連結する。体と心は切り離せたものではない。
 我慢は出来る。徴持ちは精神的にも強いと後に知ったが、私も例外ではなかったので。ただ、時折の目覚めと共に人気のない空気を感じると、茫漠が忍び寄った。――それすらも、押し殺すことは可能だったのだけれども、でも、目を開けると同時に最も愛し、信頼している存在がいてくれるのは……途方もなく嬉しい。
 不調への喜びを打ち明けたとき、そこまで話し終えた私をタナッセは背がしなるほど強く抱きすくめてくれて、それもまた嬉しかった。
 今もまた、気付くと彼の腕の中にいる。あぁ、今日は朝から熱っぽかったんだったか。火照る脳で時系列を追っていると居室の扉が見えてきて、ようよう自分が執務室で眠り惚けたところまでを思い出せた。迷惑をかけた自責の念もあるが、やはり、どんなに辛くてもなるべく側にいたい。篭り明けしばらくはまともに顔を合わせられなかった上、領地の下見があったとはいえ長くすれ違うことすらかなわなかったので酷く寂しかった。しばらくはこうして甘ったれても許される……ということにしたい。
 私は迷惑の謝罪に代わって夫の胸に頬ずりする。すると苦笑の気配が降りてきて、上目で見やればタナッセはそんな目で見るなと口を引き結んだ。……意図を含んだ視線を向けた覚えはないのだが、おそらく男性的にまずい見方だったのだろう、おそらく。熱っぽいときに寄り添いながら瞳だけで彼を見上げると、いつもいつも鼓動を早くするので。やめようと毎回思うけれど、タナッセにされるなら勢いでも昼でもどこでもなんでも問題ないと考えているから、つまりはすぐに決心を忘れる。
 控えの間の侍従たちに薬湯の準備などを指示し終えると、私たちは寝室に進んだ。タナッセと一緒にいられれば場所を問わず安心が強いものの、やはり真に二人だけの空間になると気の抜け方は段違い。彼の方も同じなのか、廊下を歩いていたときより表情が優しく感じる。寝台に降ろす腕も、まるで繊細な細工を扱う職人のような丁寧さだった。

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 熱い身体を夜着に着替えさせるにしても、侍従らが湯と清潔な布を持ってくるまで待たねばならない。さりとて抱き上げたままでは妻が疲れてしまう。靴を脱がせ、寝台に横たえると潤みながらも輝く瞳が小さな声で言った。
 それは日々告げられる、あどけない言葉だ。大好きと、彼女は毎日まいにちことあるごとに微笑んでタナッセの胸に顔を埋める。聡明で美しい彼女は、彼にだけは無垢としか形容不能な在り方をのぞかせて、その度自身が取るべき態度を迷う。胸の裡から溢れそうになる独占欲と、僅かな昏い喜びと、そういった感情と一線を画す大切を体現するような存在への愛情でまごつく。自分にこうも強烈な感情が存在するとは、あの一件がなければ気付くこともなかったろう。
 なんにしても最大の問題はもう成人して二年目に入った割に己の外見への理解が浅い妻だ。快癒したら、夫相手といえど無防備すぎるのはいかがだと説いて聞かせねばなるまい。信頼には応えたいと常に考えているものの、彼女が信じる人間は“そういった嗜好”を持ち合わせているようなので気をつけろと。そういった嗜好を持っているのかと最初に鼻白んだのはこちらだというのに、と恥を覚えながら心に刻む。――言うまでもなく、彼だった彼女に対して危惧した嗜好と、タナッセが少なくとも彼女へのみ発露する事実を受け入れた嗜好は方向が正逆だ。
 しかし今は矛盾を押しやり、大人しく寝台に沈む彼女の手を包みながら同じ言葉を紡ぐ。繊手は普段より熱を帯びている。たまらない気持ちで唇を寄せればくすぐったそうな笑いが零れ、また感情の天秤が傾いた。あまりに容易い変動に喉を鳴らすが、そもそもの話、強い憎しみの陰で育っていた愛に気付かせたのは、他ならぬ彼女が契機だった。ならばこうして彼女に振り回されるのは至極当然なのかもしれない。
 唇を改めて妻の桃色のそれに重ねると侍従のものであろう扉を叩く音が聞こえてきたが、彼女が深い絡め取りに息を荒くするまで離れる気にはなれなかった。










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タイトルはanNinaの『ロートシルトRh-』より。
木の根あまーいは曖昧な記憶が正しければ藤崎版『封神演義』ですね。
昔読んだ戦争漫画の貧困描写でも見覚えありますが
こちらの記憶は更にふわふわなので……。